◎ Invader(1/2頁)
「あ、起きはった? 奥村くんて、かいらしい顔してはるなぁ」
ある日の夕方、またいつの間にか眠ってしまった塾で。
目を覚ますと、夕焼けと同じ瞳の色をした彼がほほ笑んでいた。
静かな教室で、穏やかにほほ笑む彼は、優しく髪を梳いてくれている。
なぜか胸がぎゅううと苦しくなって、息ができなくなった。
「俺なぁ、忘れもん取りにきてん」
ピンクの髪が揺れて、視界から去っていって、やっと息ができて。
カタカタと自分の斜め後ろの席で、机の中を探る音が聞こえた。
「あ、あった。…奥村くん、かえろ。」
優しい声が、優しく鼓膜を揺らす。
「…どないしたん?」
顔を覗きこまれるようにして、顔に熱が溜まる感じがした。
きっと、夕焼けのせいだ。
夕焼けが頬に移っただけ。
それだけなんだ。
梅雨のこの季節、珍しく快晴を見せた空を見上げると、今日くらい昼寝したって怒られないだろうと勝手に理由をつけて、屋上へと向かった。
鬱陶しい湿気を風が拭い去った後の空気が気持ちよくて、日陰のコンクリートはひんやりとしていて、心地よい眠気に落ちて行く。
意識が落ちる寸前で、キィ、と扉の開く音が聞こえた。
誰か来たのだろうか。
梯子を登った給水塔の隣で寝ころんでいる俺は、扉からは見えないはずだから、休憩時間が終わるまで待てばまた人が居なくなるはず…
「志摩くん、来てくれてありがとう…」
可愛らしい女の子の声が聞こえて、その子が紡いだ名に呼吸が詰まる。
「話って、なん?まぁ…だいたい想像はついとるけどー」
のんびりした声が、聞きなれた声が、屋上に響く。
「あのね…私、志摩くんのことが…好…「ごめんやで。」
柔らかい声が、残酷に少女の声を遮った。
なぜか、俺の心まで抉られたみたいにずきりと痛む。
「…っ」
ぎゅう、と服の上から心臓のあたりを掴んでみても、痛みは消えてくれなくて。
「す…好きな子とか、居るの…?」
「さぁ?…君には関係あらへんこと、ちゃうかなぁ」
「っそんな、…っ」
パタパタと走る音がして、バンッと勢いよく扉の締まる音がした。
「志摩っ!!」
黙っていられなくて。
「あれ、奥村くん、おらはったん?」
2メートルほどの高さのそこを飛び降りると、志摩に歩み寄って胸倉を掴む。
「あんな言い方っ…ねーだろ!!」
「…なんで?気ないんに、優しぃゆう方が酷ない?」
「そ…れは…」
「ほんで、なんで…奥村くんがそない悲しそうな顔しはるん?」
そっと志摩の細くて長い指が俺の頬を撫でて、まるで触れた所から熱を残していくように、頬が熱くなった。
こんな顔、見られたくなくて俯く。
まだ、夕焼けの時間じゃないのに。
「…やっぱり奥村くんは、かいらしいなぁ」
ふわりと前髪をかき上げられて、疑問に思った俺が上を向くより早く、ふにゅ、と柔らかいものが額に触れた。
視界には志摩の少し汗ばんだ首筋があって。
「ほな、また塾で。」
熱が離れていく。
心臓が早鐘を打ち続けていて苦しい。
こんな苦しくさせる志摩なんて、離れればいい。
名残惜しいなんて、そんなの嘘だ。
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