カルバリの丘 後編
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※玩具ぷれい有り


敵に銃口を向けると、ひどく心が落ち着く。

それは、相手の命を握っていると実感するから。

引き金を、引けば――








兄さんの教室に人が居なくなるこの時間に、行動することは予想範囲内で。

10分ほど授業を受けたところで、気分が悪いと教室を出て、人目につかない扉から寮へと戻った。

想定外に、どこにも、兄さんの姿を見つけることが出来なくて。

この時間、人が居ない祓魔塾内を捜しまわっても、居ない。

兄さんが持っている鍵で動ける範囲はここしかないのに。

嫌な予感がして学校へ戻ると、兄さんのクラスの扉を開ける。
兄さんの机はもう無機質な温度で、しばらく前にこの席を立ったことを示していた。

ここから、兄さんが鍵を使うとしたら――

そっと開けた視聴覚室の扉の向こうで聞こえた二人分の声に、灼熱の温度をした怒りと、絶対零度の殺意が、体の中で交差した。


「楽しそうだね」

自分でも驚くほどの、穏やかで、けれどとても冷たい、声だった。


ゴツ、と当てたままの銃口は、彼の奇抜なピンク色の髪に埋もれている。

「…っ奥村…先生、…学園でも銃、持ち歩いてはるんですか。」

いつも呑気な口調が、今は少し震えているようだった。

「うん。いつでも殺せるように。…悪魔、をね。」

もちろん、任務に使うものとは別だが。

「はは…俺、悪魔ちゃいますよ、先生。」


「そう?…兄さんを傷付けるものは…僕にとって悪魔と同じだよ。」


カチリ、とゆっくりと撃鉄を起こすと、その音に弾かれたように兄さんが叫んだ。

「雪男っ…!!」

彼を守るような、僕を否定するようなその声に、どす黒い感情が体を駆け巡る。

「どうして…?…兄さんが僕の元へ帰ってきてくれるなら…、僕だけを見てくれるなら…僕は…っ」

途中から、自分で何が言いたいのか分からなくなって、唇を噛みしめた。


兄さんを傷付けるもの全てを消し去りたい。
だけど不可能なものもあって。

たとえ兄さんが僕の元へ帰ってきたとしても、他の人間が兄さんに触れたことは変わらない。
兄さんがどう思っていたかも分からない。
それは…、それは兄さんが僕のものにならないということ――


「…っ」

きつく目を瞑って、思考を停止させる。

「ここから…出てってくれないかな、志摩君。」

ゆっくりと銃を下ろすと、彼は安堵したように力を抜いて短く息を吐いた。


そして再び、兄さんに見えないように そっと背中に銃口を押しつけると、兄さんには届かない声音で、警告を。

「次、兄さんに触れた時は…、僕は迷わず引き金を引く。」

彼の背中に隠すようにして銃を内ポケットへと仕舞うと、「消えてくれ」と小さく声をかけた。


服を正して振りかえった彼は過ぎさま、今度は僕にしか聞こえない声音で、囁いた。

「…先生が潰れてしまわんよう、祈っとりますわ」

そう言って去って行く彼の背中を目で追う。
振りかえらない背中が扉の向こうへ消えていくまで。


――何を、言ってるんだ。僕が、何につぶされるって言うんだ。


「…ゆきお」

耳に届いたその声は、なぜか、涙が出そうなほど、優しく僕の鼓膜を揺らした。


「にいさん…」


優しくしたって、束縛したって、手に入らないのなら―――いっそ。

残酷な感情が僕を支配した。


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