えきせんとりっくわーるど
勝燐ENDver.
「奥村君、朝からずっとありがとう!あとはもう大丈夫!」
最後のケーキを教室に届けると、クラスの女子がそう言ってくれた。
「そうか?じゃあ…そうするかー。雪男はどうする?」
「僕は教室戻るよ。自習とはいえ私用でここに来てることはもうバレてるだろうしね。」
確かに、この騒がれ様じゃ、雪男が普通科に来ているということはもう知られているだろう。
「じゃあ俺はー……みんなのクラス、行ってみっか!」
その後、一人で教室を出たことを後悔した。
っぎゃー!!!
雪男の人波をすり抜ける術は天才的だと思い知る。
全速力で走る俺の後ろからは、黄色い悲鳴と野太い雄たけびが追ってくる。
カシャカシャとシャッターを切る音と、眩しいフラッシュから逃げたくて、中庭の草むらに飛び込んだ。
「「ぐえっ!!」」
聞き覚えのある声と、自分の声が重なった。
「ってて……すぐろ…?」
体を起こすと、勝呂を思いっきり下敷きにしていることに気付いた。
「お…おまっ…何やって…っ」
「しっ!こっち!」
背後に多数の足音と声が追ってくる音が聞こえ、勝呂の手を引っ張って逃げた。
中庭で休憩していたら、足音が聞こえたと思った直後、植木から人が飛び出してきた。
「「ぐえっ」」
聞きなれた、声。
思いっきりぶつけた後頭部をさすりながら目を開けると、自分の上に、奥村がまたがるようにして蹲っていた。
「ってて……すぐろ…?」
数時間前に見た格好とは言え、状況が全然違う。
自分の腰の上でふわりと揺れるのは黒いレースが敷き詰まったスカートで、膝上までの黒い靴下の間には、白い滑らかな肌が覗いている。
視線を少し上に移すと、ぴたりとした服が、細い腰を強調していた。
眩暈がするような感じがして、舌がもつれる。
「お…おまっ…何やって…っ」
「しっ!こっち!」
言葉を途中で遮られ、何かから逃げるようにして、校舎の死角へと身を潜めた。
すると同時、ドドドドという足音と、「どっち行った!?」という声が聞こえ、しばらくして去って行った。
「っふー…あぶなかったー」
「お前、何に追われてんねん…」
きょろきょろと校舎の影から辺りを見回すその首筋も細くて、甘い匂いがして、くらくらする。
「いや、何かわかんねーけど…写真取られまくった」
「………っだー!ちゃう!」
「は??」
(ずるいとか、そんなん思うわけあらへん!!)
「ま、うまく撒けたからいっか。」
呑気に伸びをしているその姿は、まるで自由な猫だ。
「呑気なやっちゃな。」
ふわぁと欠伸をした奥村に、呆れたような声が出る。
「ちげー…よ、なんかすぐろのにおい、おちつく…」
舌っ足らずな声でそんなことを言われ、クン、と首筋に鼻を寄せられて、息が止まりそうになる。
そしてそのまま、肩に重みを感じると、すぅすぅと小さな寝息が聞こえた。
「こないな状況で寝るて…信じられんわ…」
こっちは心臓は早鐘を打っているし、顔や耳や首筋までも熱い。
肩に感じる重みに動けずにいると、僅かに身じろいだ体が、ずりずりと落ちて、ぽふんと俺の右腿に納まった。
「っ…!」
風でふわふわと揺れるスカートからは、白い足と一緒に、艶やかな黒い尻尾が覗いている。
太腿の上で丸まって、安らかな寝息を立てるその寝顔に、そっと手を伸ばして頬を撫でると、奥村はふわりと笑って甘えるように擦り寄せてきた。
崖っぷち、しがみ付いていた手がずり落ちた音がした。
「…もう認めるしか、あらへんか…」
だいぶ前に気付いていた自分の気持ち。
「…覚悟せぇよ…」
そう小さく呟いて、丸まって眠る猫のような彼の、その白い頬に、口づけを。
*
すぐろには思いっきり甘えてほしい。
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