僕のお嫁さんに
なってくれませんか
「しまー??」
ひょこ、と顔を出したのは、かわいいかわいい僕の奥村くんで。
けれどここはいつもの塾ではなく、正十字学園、そう…昼の学校だ。
「お、奥村くん!どないしたん??」
見慣れない顔にざわつく教室内に、見せてたまるか!とばかりにダッシュで扉へと向かう。
「志摩のクラスって今日、体育あったよな?体操服貸してくんね?」
忘れちゃって、へへ。なんて照れて笑うその姿にもう鼻血が出そうです。
「貸す貸す!っけど、俺さっき着てしもたよ??」
涼しくなってきたし、下にTシャツを着ていたとはいえ、若干汗のかいた服を貸すのは忍びない。
「そんなん全然いいって!貸して…くれるか?」
…あぁ、背が高くてよかった。
コテンと傾げた首。自然な上目使い。断られるかもなんて少しだけ不安そうな顔。
「もちろんや!ちょっと待っててな」
自分のロッカーに走って戻ると、体操服を取って奥村くんの元へと戻る。
珍しそうにキョロキョロとクラスの中を眺めるその姿すら可愛らしい。
(そない可愛らしい顔、あんま見せやんとって…!)
「奥村くん、これ!」
まるでお弁当を作ってきたので食べて下さい!って言う女子のように変な緊張をしながら渡してしまった。
「さんきゅ!」
俺があたふたしてることには気付いていないのか、奥村くんは満面の笑みで受け取ってくれた。
ちゃんと洗って返すから!そう言って走って去っていく背中に手を振りながら、洗わんでもええねんけど、なんて変態くさいことを思いながら見送った。
(…っていうか、この前のことは伝わってへんねやろなぁ…)
そう思いながら、1週間ほど前の自分の言葉を思い出す。
『俺な、奥村くんのことが、…す、…好きやねん…!』
『俺も、志摩のこと好きだ!』
あっけらかんと返された返事に、まぁ、分かってへんやろな、とは思ったけれど。それでも変にぎこちなくなるのは嫌だったから、今は伝わってなくて良かったとも思う。
ちょっと、切ないけど。
眠たい数学の授業が始まり、欠伸を噛み殺しながらふわふわと眠気に負けそうになっていると、グラウンドの方から楽しそうな声が聞こえてきた。
(体育かー………たいいく!?)
ガバッと起き上がると、窓に顔を張り付けるようにして外を見る。
外では奥村くんのクラスがサッカーをやっていた。
すぐに見つけられた奥村くんを目で追う。
(奥村くん、足速いなぁ…あっ、転けたらあかんえ。)
長かったのか、7分丈くらいまで捲りあげているジャージから、細い足首が覗いていて、こんなに遠くから見ていてもドキドキする。
ハーフタイムに水道のあるこちら側へ近づいてきた奥村くんに、こっちに気付いてくれないかな、なんてこっそり窓を開けて見つめてみる。
窓から入り込む涼しい、もとい、若干寒さすら感じるその風に、近くの席のクラスメイトから非難の視線が突き刺さっているが気にしない。
そのとき。
ぱしゃぱしゃと顔を洗っていた奥村くんが、ふ、と気付いたように、上を見上げた。
まるで運命のように、ぱちりと目が合う。
奥村くんは少し驚いたような顔をして、すぐに満面の笑みになって、両手を振ってくれた。
(奥村くん…!!)
思わずガタン!と立ち上がると、窓から身を乗り出すようにして手を振り返した。
「何やってるんだ、志摩!座りなさい!」
後ろで先生のどなり声が聞こえるけども、完全に耳を素通りしている。
奥村くんの左胸には、当たり前だけど『志摩』の名札。
(あぁもう奥村くん、そのままずっと志摩にならへん?)
全開の笑顔を向けてくれる奥村くんに、へらりと緩む顔が抑えられない。
ピィッと、まるで俺達を引き裂くような笛の音がして、奥村くんはもう一度こちらを見て手を振ると、グラウンドへ戻って行ってしまった。
塾の帰りに、お礼にと奥村くんの手料理をごちそうになって、奥村先生は任務で居なくて二人きりという、幸せすぎる時間が終わろうとしていた。
「志摩、今日はほんとサンキューな!はい、これ。」
差し出された体操服を受け取ると、ふわりと自分のものではない柔軟剤の匂いがして、どきりとする。
「こちらこそ、ありがとぉな、奥村くん。」
「へ…?」
「ご飯、めっちゃ美味かった!」
「あったり前だろ!」
この夏の太陽みたいな笑顔。
(やっぱり俺だけに向けてくれたらえぇのに。)
「そういえば、奥村くんが『志摩』の名札のジャージ着てはったから、なんや新鮮やったわぁ」
なんでもないことのように、言ってみる。
「俺も!なんか、ドキドキした!」
「ゴホッ!ゲホッ!」
「えっ、どうした志摩!?大丈夫か??」
「だいじょ、ぶ…ケホッ」
(天然すぎるわー!!!)
恐ろしいほどの無自覚の殺し文句に、どうせ何言ったってちゃんとは通じないだろうと、思いきって言ってみることにした。
「奥村くんが、俺のお嫁さんになってくれはったらえぇのに〜なんて、」
「それは無理だろ。」
ばっさり切り捨てるようなその言葉に、まるで心まで切られたみたいに痛い。
ちょっとくらい、冗談混じりに反してくれたっていいのに。
「俺は女じゃねーし。…でも、毎日みそ汁は作ってやっても…いい…」
奥村くんは、顔を真っ赤にして、尻尾はふわふわと不安げに揺れている。
「え…え、えぇぇええぇ!?」
「なっ…!文句、あんのかっ!」
「いや、その…っていうか、奥村くん、俺の告白、伝わっとったん?」
「っっ…!!」
目を逸らしてしまった奥村くんを、思わず抱きしめた。
「やっぱり、俺のお嫁さんになってください」
揺れていた尻尾が、ひゅるりと、俺の背中に回った。
*
いえ、ただ『志摩』の名札のジャージを着せたかっただけです(笑)
恥ずかしいと知らんぷりとかする燐もかわいいなと。
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