カルバリの丘 前編 (3/6頁)
できるだけ動かないように。
できるだけ何も考えないように。
できるだけ何も思い出さないように。
気の遠くなるような時間が流れた気がして、だけども世界は残酷に、2限目の終わりを告げるチャイムが鳴ったところだった。
「っ、はぁ、は…」
一斉に楽しそうな会話が始まり、ようやく小さく息を吐く。
静かな授業中は、吐息すら響いてしまいそうで、ずっと食いしばっていた歯がじんじんする。
(あと、半分――)
無理だ、という思いが脳内を占める。
疲労感がどっと押し寄せて、逃げたくてたまらない。
しばらくして静かになった教室に不思議に思って顔を上げて見渡すと、誰も居なくなっていた。
視線だけで教室の端に張ってある時間割に目をやると、3限目は体育だ。
――逃げるなら今、だ。
今なら、誰にも見つからず逃げられる。
それに、昼に雪男が迎えに来たって、こんな状況じゃ歩けるわけない。
ポケットに、寮への鍵が入っているのを確かめると、意を決して立ち上がった。
「!!っあ…!」
2時間以上、じくじくとした快感を与え続けられていた体には、それだけの動きが尋常じゃない快感を生む。
手を机に突っぱねて、崩れそうになる体を支えると、1歩1歩、足を引きずるようにして歩きだす。
教室の扉は鍵穴が無いので使えない。
この教室から一番近い鍵の使える扉は、渡り廊下を渡ってすぐ左の、視聴覚室。
普通に歩けば1、2分で行ける距離だ。
「っは、…ん、…っ」
この状況など無関係に、爽やかな風が吹いている渡り廊下を、できるだけそっと歩く。
ここを、渡り切ってしまえば。
「…っ」
じわり、と涙が浮かぶ。
さっきから1歩足を踏み出す度に胎内でずりずりと動くそれに、頭が白くなってくる。
自身も布地に擦られて、ひどい快感が襲う。
壁に縋るようにして、ようやく渡り切った。
あと少し、あと少し、この角を曲がれば――
「奥村くん、なにしてはるん?」
ざあっと、血の気が引く音が聞こえた気がした。
膝ががくがくと笑って、振り向くことができない。
「しんどいん?もしかして、どっか悪いん?」
声が近づいてくる。
「ひ、ぁ…っ―――――!!!」
熱を持った腕が、俺を支えようと、腰を撫でるように回された、その瞬間。
今までのじくりじくりとした快感とは別の、人の手が這う感覚に、俺はその場に崩れ落ちた。
まるで絶頂の時のような痙攣が止まらない。
「っぁ、っ…っ」
ぺたりと床に座りこんだまま、まるで守るように自分の身体を抱きしめてみても、止まらなくて。
「おくむらくん…」
「ぁ…あ…」
そう言って俺を立たせるように、脇腹に通された腕にさえ、びくびくと体が跳ねてしまう。
「さ、わるな、しまっ…!」
頼むから。
すぐそこまで行けば、誰も居ない場所へ行けるのに。
ぎゅ、と目を瞑った瞬間、ふわりと体が浮いて、膝裏と背中に、熱い腕が回っていた。
「し、ま…」
抱えあげられたことに気付いたのは、歩いていないのに、視聴覚室の扉の前まで来た時だった。
「あ…!しまっ、待っ」
「かんにんな、奥村くん。」
残酷にも、目指していた場所にたどり着いたにもかかわらず、鍵を使わないまま、志摩はその扉を開けた。
帰ることのできなかった俺は、本来の扉の向こうの景色に飲み込まれた。
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