えきせんとりっくわーるど
「学園祭なんだよ?ほら。」
雪男の言葉に周りを見渡すと、わいわいと騒ぎながら、クラスメイトが目も当てられないような格好に着替えている。
男連中は女子の制服を着ていたり、チャイナ服を着ていたり、女の着物を着ていたり、気持ち悪いことこの上ない。
女子は学ランを着ていたり、男物のスーツを着ていたり、さまざまだ。
「兄さんこっち。」
ぐいっと手をひっぱられて教室を出ると、廊下の端にあるなんとか準備室に連れ込まれる。
「うお!?なに、」
「尻尾。みんなに見られるわけにはいかないでしょ?」
「いや、おかしいって!マジで!無理!」
雪男が手にしている服は、着るなんて無理だと瞬間的に答えが出る。
「学園祭の準備にも一切参加してないんだって?」
「うぐ…そ、それは……いや、ほら、スカートとか、尻尾バレたらやべーし!」
「そのためにわざわざこの服をフェレス卿に借りてきたんじゃないか。」
スカートの中は黒のひらひらがいっぱいついていて、確かに尻尾は見えなさ……
「はっ…!流されるとこだった!」
「女子だって男子の服を着たりして頑張ってるっていうのに…兄さんは…」
悲しそうに俯いた雪男に、僅かに胸が痛む。
(せっかく…手伝いに来てくれたのに、兄貴の俺が参加しないなんて恥ずかしいよな…)
よし、俺も腹くくろう。クラス全員が変な格好してるんだから、俺も目立たないはずだ!
「雪男、ごめんな?俺も、その…ちょっとは頑張るから!」
「ほんと?兄さん、僕嬉しいよ。じゃあこれ着替えてね。あ、着替え方わからなかったら僕が着せてあげるけど。」
「え?え?いや、って…うぎゃ――!!」
早着替えの天才じゃないだろうかこいつ。
一瞬で俺をパンツ一丁にしたと思ったら、次の瞬間にはひらひらのふわふわに包まれ、ひょいっと片足ずつ引っ張られたと思ったら、なんか長い靴下を履かされた。
仕上げと言わんばかりに頭の上に何かを乗っけられて、「さ、行こう」と腕を引かれ、ドアを開けられた瞬間、廊下に居た生徒がざわめくのを感じた。
(しまった!さ、さいあくだー!!)
そういえば雪男は必然的に目立つ。イコール、隣に居る俺もついでに目立つ。
「う゛…」
雪男に隠れるようにして教室へ向かう。
やっと教室の前までたどり着き、覚悟を決めて雪男の後から入ると、ぴたっと喧騒が止んだ。
(そりゃあ、喋ったことのない奴のこんな姿、笑いにもなんねぇよな…)
それなら、俺が出来ることは、調理室で手伝うことくらいか。
とりあえず着替えてこようと、教室を出ようとした瞬間、わっと女子に埋もれることになった。
「奥村くん足きれー!」
「ちょっと、首も腰も足もほっそ!」
「うぎゃ!?」
こんな至近距離で何人もの女子に囲まれた時の対処法なんて知るはずもなく、甘い匂いに包まれて、柔らかい手でぺたぺたと足や腕を触られて、湯気が出そうなくらい顔が熱くなる。
「う、わ、わ!ゆきお…!」
とりあえずこの状況を打破できるのは雪男しか居ない、と助けを求めた瞬間。
「おまっ…///!!なんちゅう格好しとんねん!!」
「え〜、かあいらしい格好やんかー!ねぇ子猫さん」
「似合うてはりますよ、奥村君」
「…へ…?」
聞き慣れた声のした方に目を向けると、京都3人組が揃ってうちのクラスの前に立っていた。
ざわ、と囲んでいた女の子たちの視線がばらける。
「兄さん」と雪男の小さな声を合図に、そっと抜け出して逃げようとすると、志摩にがしりと腕を掴まれた。
「いや〜猫耳メイドさんやなんて、予想以上やわ〜」
「し、志摩!ちょっ、っていうかお前らまだ店開店してねーっつの!」
「すみません…、僕と坊は11時から13時、志摩さんは13時から最後まで店番なんで、先に奥村君の所へ行こぉゆうことになりまして…」
おずおずと言った子猫丸に、思いだしたように委員長が「準備しないと!」と叫んだ。
「「「あ!!」」」
クラスメイトのほぼ全員がすっかり忘れていたらしく、一斉に慌てて作業に戻り出した。
なんだかんだで準備も間に合って、店も賑わいだす。
「えーと、何にす…じゃない、ご、ごちゅーもんは?」
俺も、慣れない言葉を使いながらケーキや紅茶を運んだり(コップ2つ割ったけど)、少なくなってきたケーキやクッキーを家庭科室で作って、みんなに驚きながらも褒められたり。
すっかり自分の格好なんて忘れ、ちょっと働くことが楽しくなっていた。
「兄さん、楽しい?」
「!べ、べつに…」
思っていたことをさくっと当てられて、思わずそっぽを向いて流してしまう。
でも。
――ありがとな。
こんな姿じゃ格好つかなくて素直には言えなかったけれど。
たまには弟のおせっかいにも感謝を。
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