えきせんとりっくわーるど
「あの、奥村…雪男君…ですよね?」
「…はい、そうですが…貴方は?」
「僕は…」
「おかえりー雪男!飯出来てるぞー」
「ただいま、兄さん。ありがとう。着替えてくるね。」
自分と雪男の分のご飯をよそってテーブルに並べると、雪男が着替えて食堂に降りてきた。
「これ、おいしいね。」
「そっ、そうか!? へへ…新作なんだよそれ。」
雪男は少し味を変えたり、新作を作るとすぐに気付く。
作り甲斐があって俺もますます美味く作ってやろうって気になる。
「そういえば…笹岡君、だっけ?」
「んあ?…誰だそれ?」
「兄さんのクラスの委員長。」
「…そんな名前だったか?覚えてねぇや。」
「今日も朝のホームルームから夕方のホームルームまで、お昼ご飯以外ずーーーっと寝てたんだって?」
「ぶほっ!!」
盛大に味噌汁を吹き出した俺に、クーと一鳴きして、ウコバクがタオルを持ってきてくれた。
「大丈夫?」
「げほっ、けほ、な、なんでンなこと知ってんだよ。」
「明日は学園祭だけど、兄さんのクラスは何するの?」
ざっくりと話を流されたことにイライラしながら、「知らねぇ!」と返すと、完璧な笑顔で、「やっぱりね」と返された。
クラスの皆はここ2週間ほど何だかバタバタしていた気がするが、ほとんどの授業は寝ているし、昼休みは教室に居ないし、夕方は塾だから、クラスの様子を知る由もない。
まぁ、明日は久しぶりにどこかで昼寝でもしようと思う。
「兄さんのクラスはカフェだって。」
「何で…雪男が…」
「委員長に聞いたから。」
意味がわからない。うちのクラスの委員長と雪男は知り合いだったのか?
「お前のクラスは何すんだよ。」
「特進科は何もしないよ。皆そんな時間ないし。」
「そ、そーなのか?」
「うん、だから…僕も手伝いに行くよ。」
「へー…。へあ!?」
今度は、ぼとりと箸からから揚げが落ちた。
「は…はぁぁあああ!?」
朝から感じたことのない空気に包まれる。
今まで参加したことないから当たり前か、と思いながら、やたらとカラフルに飾られた正門をげんなりした顔で見上げた。
『じゃあ、ホームルーム終わったら兄さんのクラス行くからね』
「………」
朝食の時にもしっかり念を押すように言われた雪男の言葉を思い出す。
やっぱりやめよう。そう思って踵を返した瞬間、
「あれ?奥村くんやんかー」
「おはようございますー。奥村君のクラスは、何しはりますん?」
「お前…帰ろうとしてへんだか?」
独特のイントネーションに塞がれ、ついでに両腕を掴まれて強引にクラスの方へと引っ張っていかれる。
まずい。もうすぐ雪男が来る時間だ。
ひょい、と教室に放り込まれると、3人組は「やばいHR始まる!」と慌てて自分のクラスへと帰ってしまった。(はっ…そういえば!)
「おい、委員長ってどいつだ!」
「ひっ!…ぼ、僕です…」
元はと言えば、委員長とやらが雪男に告げ口したからこうなったわけで。
「てめ…」
「はい、ホームルーム始めま〜す」
ガラガラとドアを開けて入ってきた担任に、思いっきり愚痴ってやろうと思った声を遮られ、もやもやしたまま席へと戻った。
10分弱でホームルームは終わり、今度こそ愚痴ってやろうと委員長の元へと詰め寄る。
「お前、雪男と知り合…」
キャ―――!!!
数十人の悲鳴に、あっさりその声はかき消された。
まさか、悪魔!?と思って教室を飛び出して、目に入ったのは。
「やぁ、兄さん。手伝いにきたよ。」
そう言って人波をするりと縫って歩く雪男と、目をハートにしてとりまく女子達だった。
「ちょっと静かにしてくれると、嬉しいな。」
まさに鶴の一声。
『落ちこぼれ』の弟は特進科の主席だなんて、本当に学校では関わりたくない。
比べられるのなんてまっぴらごめんだし、いつもいつも雪男へのラブレターやプレゼントが靴箱に入っているのもなかなか凹む。
特進科は棟が違うため、全ての授業で会うことがなく、とにかく、普通科の生徒にとっては雲の上の人らしい。
「けっ。なにが『ちょっと静かにしてくれると嬉しいな、キラン』だよ。」
「『キラン』は言ってないけど。」
「げ!」
いつの間に、と思わず飛びのいて間合いを取る。
「大体、兄さんが悪いんでしょ。1回も手伝わなかったなんて。当日くらいは働こうね?僕も手伝うからさ。」
にこり、と完璧な作り笑顔で紙袋を差し出してくる。
嫌な予感しかなかったが、腹をくくって見るしかない。
そろりと中の布を引き出すと、
それは―――
「な、んだ、…これ?」
紙袋の中には、制服みたいな白黒のひらひらの服と…猫の耳みたいなのがついた…
「…っっ!!!」
ぶんっと紙袋を投げたが、簡単に雪男にキャッチされてしまった。
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