十時間
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――昨日の夜

兄さんとふたり、何時間も布団から出ず、水しか口にしていない。

ずっと、ずっと、傍に居たくて、一緒に居たくて、一つになりたくて。


夜が更けて、日付が変わろうとする頃、兄さんはぐったりとして、眠ってしまった。

ナカを揺すっても、眉をひそめて呻くだけで。

深い、深い眠りに落ちてしまった兄さんを、そっと抱きしめる。もう、他に何も要らない気がした。




ずっと、夜が明けるまで兄さんの寝顔を見続けて、髪を梳いて、顔中にキスの雨を降らせて。

起きる気配のない兄さんに、ふと、このまま起きてくれなければ、兄さんをここに、僕の傍に閉じ込めておけると、思った。思ってしまった。

――違う。僕は、そんなことをしたいわけじゃ、ない。

自分でもぞっとするような、感情。独占欲。


まるでその考えを振り払うように、窓を開けて夜明けの空気を吸い込む。

春とはいえ、少し冷たい、けれども爽やかな風が流れてくる。


「…ぼくは、いつか、にいさんをこわしてしまうかもしれない」

そう呟くと同時、ぽた、と。

水滴が、窓辺に掛けていた手に落ちた。

「…ははっ…」

この空虚さは何だ。

きっと、泣きたいのは兄さんの方なのに。





30分ほど早く寮を出て、正十字病院へと向かう。

『悪魔』に覚醒していないことを、上層部へ証明するために。

毎日、毎日、検査をする。


こころの検査がなくてよかった。

そんなものがあれば、とうの昔に僕は『悪魔』だと言われていたかもしれないから。


ついでに痛み止めを貰おうと、任務での怪我だと報告して、腹部の痣を見せる。

念のために、と撮られたレントゲンで、肋骨2本にヒビが入っているらしいことが分かった。


あぁ、1限目が始まってしまった。

壁に掛った時計を見上げ、ぼんやりそう思った。





授業中、この1カ月で初めて、兄さんは最初から最後まで、起きていた。

僕が学校の方を遅れたという情報は、とても、僕にとって好都合な形で、兄さんの耳に入ったようだった。

罪悪感に苛まれている兄さんが、愛おしい。

僕のことを憎んだっていいはずなのに、あの抵抗だって当然のことなのに。

兄さんは、どこまでも優しい。

そして、どこまでも僕の「兄」であろうとする。



「じゃあ、今日はここまで。課題は明後日の授業中に回収します。」

チャイムを聞いた僕はそう切り上げた瞬間、ようやく、という風に兄さんが駆け寄ってきた。

「雪男、時間…あるか?」

「片付けしながらでもいい?僕の準備室に来てくれると嬉しいんだけど。」

「おう。って、荷物は俺が持ってやるから!」

僕の手から教材を奪い取るようにして持つと、兄さんは先に教室を出る。

「兄さん、そっちじゃないよ。っていうか僕の準備室知らないでしょ。」

「う゛…そうだった…」

「もう、ちゃんと付いてきて下さいね、奥村君。」

「だー!っもう授業は終わったっつーの!」


まるで、3日前に戻ったみたいだね、僕たち。


あの、平凡で、境界線のすぐ手前で笑っていた、僕たちみたいだ。


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