七十時間 (2/6頁)
ひと眠りして起きると、昼の3時をすこし過ぎたところだった。
すでに、今日一日で12時間以上は眠っていたことになる。
だるさが抜けない体を起こして、制服に袖を通した。
食堂へと降りていくと、走り寄ってきたウコバクが、不安そうな顔で見上げてきた。
「だいじょーぶ。でも、あんま食欲ないから、飯はいいや。ありがとな。」
クルルーと悲しそうな声を出すウコバクに、晩飯の仕度も頼む。
今まで雪男のために作っていた夕飯も、今日は何を作っていいのか、思いつかなかった。
がちゃり、と塾へと繋がる扉を開ける。
この1カ月でだいぶと見慣れたはずの場所、なのに。
「あ、奥村くんやんかー」
独特のイントネーションに、びくりと体を揺らして振り向くと、勝呂と志摩と子猫丸が居た。
「そういえば奥村先生、大丈夫なん?」
「、え?…ゆき、お?」
弟の名前を紡ぐのに、なぜか緊張が走った。
「朝、病院行ってはったんでしょう?」
「女子がきゃーきゃーゆうとったわ」
「1限目遅れてきたんやて。俺なんか週に1回は遅れんのに、きゃーきゃーゆうて貰えへんてどういうこっちゃろ!」
3人の声がざあざあと、ただ鼓膜を震わせて過ぎて行く。
――昨日の、俺が、やった、怪我のせいだ。
やっぱり、酷かったんだ。
雪男は俺に心配かけたくないから、何でもないフリして、今朝だって俺に気付かれないよう朝早くに病院行ったんだ。
「皆さん、教室に入らないんですか?」
「っ雪男!」
「お、噂をすれば、やねぇ」
かっちりと祓魔師の制服を着、知らないうちに背後に立っていた雪男に驚く。
「ゆきお、お前っ…俺の、」
「大丈夫だよ。いつもの検査ついでにちょっと見てもらったら1限目に間に合わなくなっちゃっただけだから。」
「でも、」
「さ、授業始めるから、兄さんも入って。」
そう言って、強制的に会話を終わらせられる。
授業が始まった瞬間にも、食ってかかろうとしたものの、原因を思い出して言葉に詰まる。
いつもと全く同じように授業は進んでいくが、怪我の具合が気になって仕方がない。
「燐、もしかしてどっか具合悪い?」
「へっ?」
まさか自分が言われるなんて思ってもいなくて、思わずへんな声になる。
「授業もずっと起きてるし…ちゃんと食べてる?」
「お、俺だってたまには起きてるっつーの!」
「奥村くん、うるさいですよ。」
「う゛…」
ふ、と柔らかく笑う雪男は、休み前と変わらない。
まるで、この3日間のできごとなど、何もなかったかのように。
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