十時間
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ひと眠りして起きると、昼の3時をすこし過ぎたところだった。

すでに、今日一日で12時間以上は眠っていたことになる。

だるさが抜けない体を起こして、制服に袖を通した。


食堂へと降りていくと、走り寄ってきたウコバクが、不安そうな顔で見上げてきた。

「だいじょーぶ。でも、あんま食欲ないから、飯はいいや。ありがとな。」

クルルーと悲しそうな声を出すウコバクに、晩飯の仕度も頼む。

今まで雪男のために作っていた夕飯も、今日は何を作っていいのか、思いつかなかった。




がちゃり、と塾へと繋がる扉を開ける。

この1カ月でだいぶと見慣れたはずの場所、なのに。


「あ、奥村くんやんかー」

独特のイントネーションに、びくりと体を揺らして振り向くと、勝呂と志摩と子猫丸が居た。

「そういえば奥村先生、大丈夫なん?」

「、え?…ゆき、お?」

弟の名前を紡ぐのに、なぜか緊張が走った。

「朝、病院行ってはったんでしょう?」

「女子がきゃーきゃーゆうとったわ」

「1限目遅れてきたんやて。俺なんか週に1回は遅れんのに、きゃーきゃーゆうて貰えへんてどういうこっちゃろ!」

3人の声がざあざあと、ただ鼓膜を震わせて過ぎて行く。


――昨日の、俺が、やった、怪我のせいだ。


やっぱり、酷かったんだ。

雪男は俺に心配かけたくないから、何でもないフリして、今朝だって俺に気付かれないよう朝早くに病院行ったんだ。


「皆さん、教室に入らないんですか?」

「っ雪男!」

「お、噂をすれば、やねぇ」

かっちりと祓魔師の制服を着、知らないうちに背後に立っていた雪男に驚く。

「ゆきお、お前っ…俺の、」

「大丈夫だよ。いつもの検査ついでにちょっと見てもらったら1限目に間に合わなくなっちゃっただけだから。」

「でも、」

「さ、授業始めるから、兄さんも入って。」

そう言って、強制的に会話を終わらせられる。



授業が始まった瞬間にも、食ってかかろうとしたものの、原因を思い出して言葉に詰まる。

いつもと全く同じように授業は進んでいくが、怪我の具合が気になって仕方がない。

「燐、もしかしてどっか具合悪い?」

「へっ?」

まさか自分が言われるなんて思ってもいなくて、思わずへんな声になる。

「授業もずっと起きてるし…ちゃんと食べてる?」

「お、俺だってたまには起きてるっつーの!」

「奥村くん、うるさいですよ。」

「う゛…」


ふ、と柔らかく笑う雪男は、休み前と変わらない。


まるで、この3日間のできごとなど、何もなかったかのように。


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