茨の海 (4/4頁)
喉の奥が、焼けつく。
男の精液の味なんて、知るわけなかった。
ましてや、弟の。
涙が滲んで、けれどそれはすぐにシーツへと吸い込まれていった。
俺のことを『好きだ』という雪男。
優しい声音で、信じられない言葉を言う。
優しい表情で、俺の抵抗を押さえる。
優しい眼で、酷い姿の俺を見る。
雪男のことを、嫌いにならない、拒まない。
それは、嘘じゃない。
世界でたった一人の弟を嫌うわけがないし、弟のわがままは 全部、聞いてやりたい。
だけどこんなのは間違ってる。
おかしい。
快楽のためじゃない。はっきりそう分かるほど、雪男は俺の何かに執着している。
でも、それが何かわからない。
お前は間違ってる、そう言って、ぶっ飛ばしてでも分からせなきゃいけないのかもしれない。
だけど、「兄さん」と呼ぶ声が、俺より小さかった頃の雪男と重なって、何も言えなくなる。
「ね、兄さん。もう一回、咥えて?」
まるで犬猫のように躾けようとするくせに、その声や表情や視線は、どこまでも優しい。
「も、もうむり、だっ…」
括られたままの左の手足を引きずるように逃げようとすると、後ろから強く抱きしめられる。
「ゆきっ…!いやだっ!」
せめてもの抵抗に自由な右腕を振り回すと、ドンッ、と肘が思いっきり雪男の体にぶつかる感触がした。
「ぐっ…!、げほっ」
「っあ…」
昔、ジジィの肋骨を折ってしまった、あの光景が一瞬頭を掠め、さあ、と血が引いていくのを感じる。
「ゆき…っ、ゆきお、大丈夫か!?びょ、病院に…」
「けほっ、大丈夫だよ、兄さん。僕はもう昔ほど弱くないんだから」
脇腹を押さえながら、そう優しくほほ笑む。
だが、押さえた指の隙間からは、皮膚が赤黒い痣へと変色していくのが見えた。
一番大切な弟を、一番守るべき存在を、傷付けてしまった。
「ゆ、き…」
制御できない自分の力が疎ましくて、おぞましくて。悔しさに涙が滲む。
「ごめん、…っ俺、」
「…じゃあ、もうひとつ、約束、して?…僕から、『逃げない』って。」
「そ、それはっ…」
「いいよ。じゃあ兄さんが逃げるたび、僕は何度でも兄さんを抱きしめる。…兄さんは暴れてくれてもいいよ。兄さんになら、僕は傷付けられたっていい。」
「そんな…っ!!」
「じゃあ、約束、してくれる?」
何が正しいのか、何を選べばいいのか、もう、わからない。
「…っ、…す、る」
「ふふ、ありがとう、兄さん。大好きだよ。」
俺を雁字搦めにする、茨の海は深くなるばかりで、考えれば考えるほど、もがけばもがくほど、俺を動けなくしていく。
「ねぇ…兄さん。もう一度、口のナカに、入れていい?」
―――雪男を傷付けるくらいなら。
ただ、ちいさく頷いた。
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