12 Epilogue | ナノ


Epilogue


微かに聞える志摩の声と女の人の声に、目を覚ます。

――志摩の、彼女だろうか。

冷たい手でぎゅっと心臓を握られたような感覚に一気に頭の中が、耳がクリアになる。
けれど聞こえてくる会話はどうやら違ったようで、ほっと息をつくと同時、今までの自分たちの行為を思い出してサッと青ざめる。慌てて見下ろした自分の体はきっちりとシャツが着せられていて、まるで夢を見ていたかのようだった。

(ゆ、め…?)

都合のいい夢だったのだろうか。
一瞬そう思ったけれど、身じろぎした瞬間に自分の胎内に残された熱に気付いた。

知ってる。
この熱を、俺は知ってる。

(しまの、だ。)

体を繋げた後に訪れる腰のだるさは、この体の治癒力によって30分もすれば消えてしまう。残ってくれたっていい痛みも全て、消えてしまう。
だけどコレだけは消えない。志摩が俺の内側に残していったもの。志摩の熱だけは。

「保健の先生が用事で帰っちゃったんだけど…家まで送ろうか?先生、車だから。」

「いやー、大丈夫ですって。俺も体調戻ったし。せんせぇ、戸締りやったらしますえ。職員室に残っとる先生に預けますんで。」

ゆっくりと声が近づいてきたと思ったら、僅かにアコーディオンカーテンが開かれる。隙間から覗いたのは見覚えのある先生だったけど、たぶん違う学年の担当の先生だ。

「あら、起きたのね、奥村くん。」

「あ…いま、あの、起きて、」

「奥村くん、起きたん?」

ふわふわとしたいつもの口調で、志摩が先生の隣から顔を覗かせる。
じくり、とお腹の中が熱くなった気がして、かあっと頬に熱が溜まるのを感じた。

「んー、ちょっと顔赤いね、まだ熱あるのかな?」

ふわりと甘い匂いとともに、柔らかい指が俺の額に触れた。

「…大丈夫や。」

答えたのは、志摩だった。

「俺が、送っていくんで。」

まるで遮るように、先生の手と俺の額をひっぺがすみたいに、志摩が俺の肩を押してベッドへと戻す。

「奥村くんはもうちょい寝とき。」

先生は不思議そうな顔をしながら、「先生、職員室に居るからね」と言い残して去っていった。


「…ドキドキしたん?」

「へっ?」

「先生に触られて、なんで顔赤ぅしてんの、」

不機嫌そう、というよりもふて腐れているような志摩の表情に、思わず小さく笑ってしまった。

なあ志摩、それじゃあまるで、志摩が俺に、しっと、してるみたいだよ。

なにこれ、知らない。
くすぐったくて、甘いような、それでいて心臓がぎゅってなるような苦しさもあって。

「何笑ってんの、奥村くん」

「服、着せてくれてありがとな。…一瞬夢かと思った。さっきまでの、俺が見たい夢なのかなって。」

「夢なんかじゃ…「うん」

志摩の声を遮って、そろりと自分のお腹を撫でる。

「志摩のが、俺の中にあって、なんか、嬉しくて、でも先生と普通に喋ってるの恥ずかしくて。」

志摩は呆れるだろうか。
そう思って見上げると、びっくりしたような顔のまま、志摩が顔を赤くしながら泣きそうな顔をしていた。


「…しま?」

「奥村、くん、…どんだけ俺のこと、好きなん…。」

「えっ、俺、ずっと言ってんのに…」

「…うん、知っとるよ。そうやなくて、ああ、もう、っ」

ギシっとスプリングが軋む音がした瞬間、蛍光灯の光が遮られ、ぎゅう、と強く抱きしめられた。

「しま、」

「…ほんまに、ずうっと俺のこと好きでいてくれる?他に誰のことも好きにならんでくれる?」

「あたりまえだろ。」

「…俺が、もし、…敵になっても?奥村くんの前からおらんなっても?」

「なん、で、そんなこと聞くんだ?しま、居なくなったりすんのか?」

少しの沈黙の後、志摩はいつものようにへらりと笑って、「例え話や。」と俺抱きしめていた腕から力を抜いた。
背中に冷たいものがすうっと降りていくような感覚に、離されたばかりの志摩の腕を掴む。
志摩が、本当にどこか遠くへ行ってしまいそうな気がしたのだ。

「俺が、探しにいく。志摩がいなくなっても、探しにいく。何回だって見つけだしてやるから!」

くしゃりと一瞬泣きそうに歪んだ顔を隠すように、志摩がふいとそっぽを向く。

100パーセント信じてくれているわけではないのだと、伝わってくる。
だけど、それでも、志摩が俺のことを信じてくれようとしている。

それだけでよかった。

いくら近づこうとしてもできなかった目の前の壁が崩れ、道が見えたのだ。

「俺、体力は自身あるから!」

だから、この道がとてつもなく長いのだとしても、走れる。
この先に志摩が待っていてくれるから。

「…ぷ、ふはっ、なに、奥村くん、どっから体力の話になったん。」

くしゃりと笑った志摩を見るだけで、心臓のあたりがぶわわって染みだしてくるみたいにあったかくなって。


「れんぞう、」


呼び慣れない、その音。

紡ぐことが許された、その名前。

くすぐったそうに志摩が小さく頷いた。


「 燐 」


志摩の「奥村くん」って音も特別で、誰の音とも違うけど、でも。

それよりも、ずっと、ずっと――

「特別に、きこえる。」

「…そらそうや、特別やもん。」

なんでもないことのように言った志摩の顔は、少し赤い。

あぁ、志摩も、こんなかお、するんだ。

好きなひとに向ける、かお。

不意にそう思って、そして志摩のその視線の先に居るのが自分であることを思い出して、ぶわわっと首筋から頭の先まで沸騰するように熱くなる。

「れ、れんぞう。…キス、したい」

愛おしい、が溢れそうになって、代わりに口をついた言葉は負けず劣らず恥ずかしい言葉だった。

今のなし!と言いかけて、でも本当にしたいからナシにするのはやだな、なんて考えているうちに、志摩の柔らかい唇がそっと、ほんとうにそっと、俺の唇に触れた。

「…もう、聞かんでええよ。燐のしたい時にしてええよ。」

だって、特別なんやから。

そう言って再びゆっくり唇を押しつけられる。触れるだけのキスだった。

何度体を重ねたって埋まり切らなかった体の真ん中に空いた小さな穴。
それが、じわりと埋まっていく。

「うん。」



もう望むだけじゃない。許されるだけじゃない。


傍に居たい、じゃなくて、傍に居るから。


ずっと、ずっと。





End.









Epilogue







衝撃の12巻。このハピエン書くぞー!ってタイミングでのうおああああ!?志摩ぁあああ!?みたいな。でも萌える。黒志摩が原作で見れるだなんて…!ガッタン!
ちょっと、最後の会話にほのめかすような台詞を入れてみました。
後日談エロを書こうと思ったけどそれより黒志摩が気になって気になって!
雪燐と勝燐パラレルを地道に書きつつ、原作の志摩編が完結するあたりでまた原作沿いの黒志摩燐を書きたいなー!

この更新後はPixivに移ります。クリアスカイに足を運んで下さった皆様、ありがとうございました。ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。




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