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『同じ隊の人が入院手続きしてくれてると思うから、書類預かっといてくれる?』

青白い顔で穏やかに笑った雪男の言葉に、暗い階段を降りて受付へと向かう。
祓魔師専用の病院なだけあって、深夜を過ぎたこの時間でも人が出入りしていた。
天井や壁に記されている矢印に従って歩いていると、知らない人の話し声が聞こえてきた。
左矢印の下に大きく『受付』と書かれているので、もしかしたら雪男の入院手続きをしてくれている人かもしれない。

少し早めた足を止めてしまったのは、その顰められた声でかわされる会話の中に『パラディン』という単語が出たからだった。


「あれだろ、任務終わった直後に奥村に掛ってきた電話。」

「あぁ、パラディンからの直々の命だって?」

「おかしいよな。人手が足りないにしても一人だけ呼び出しなんて。」

「しかも緊急で呼ばれた任務が特Aクラスだろ?上一級クラスの任務だぜ」


ざわり、と胃の辺りを緩い力で掴まれているような、気持ち悪い感覚。


「しかも着いた途端前線送りだったらしいじゃねぇか。そりゃあ…なぁ。」

「パラディンの座を狙う素質のある奴は先に潰しておこうってやつじゃねぇの」

「おいっ、誰かに聞かれたら処分モンだぞ。」

「…だな。こえーこえー」


吐きそうだった。

気が付いたら受付とは反対側の廊下を走っていて、ロビーを抜けて外へ出た。


「っっっ!!ゆき、お…っ…雪男…っごめ、ごめん…」

俺の、せいだ。


病院からだいぶ離れたところで、全速力だった足を緩めた。
走るのをやめてしまえば、体は力の入れ方など忘れたように崩れてしまう。
閑静な住宅街でぽつんと一人、道の真ん中で蹲る。

この醜い嗚咽を誰にも聞かれることのないように、両手でしっかりと自分の口を塞いだ。



『罪の対価は支払われよう。』



数時間前に、あの煌びやかな場所でアーサーが放った言葉がフラッシュバックする。

そして、まるでどこかで見ているかのように、俺の携帯が振動した。
この電話が誰からかなんて、見なくたって分かった。

ピ、と通話ボタンを押すと、予想通りの声が受話器から漏れる。

『やあ。弟くんは大丈夫だったかい?』

「……てめぇ……雪男は関係ねーだろ…」

『ははっ、そうだ。関係ない。だが、巻き込んでいるのはお前自身だ。お前が大人しく裁かれているならば弟まで手出しはしないものを。』

携帯を握る手が震えた。
アーサーの言ったことは、間違ってはいない。
俺が、人間を殺しかけたから。
俺が、逃げたから。

『…ふ。漸く理解したか。お前がしたことと同じ、お前が私の部下の全身を焼き尽くそうとしたように、お前の弟は全身を酸で焼かれたのだ。』

「そ…んな…っ」

『旧寮へ戻れ。迎えを送ってある。』

ぶつりと切れた電話に、ゆっくり立ち上がると震えた足を叱咤して歩き始めた。



任務が危険と隣り合わせなのは変わりない。

でも、今回は俺が雪男を危険に晒したんだ。

何も知らない雪男を。

「…ゆき…っ、ごめ…ごめん、なぁっ…」

謝ったって何も変わらないことは分かっているけれど。





ようやく旧寮へとたどり着くと、真っ暗な玄関に溶け込むように、真っ黒なスーツを着た男が柔らかい笑みを湛えて立っていた。

「お待ちしておりました。」

この男には見覚えがあった。
つい数時間前あの場所で、アーサーの隣に立っていた男だ。

あの場所に居た奴は憎むべき相手なのに、警戒するべき相手なのに、なぜかこの男だけはそうできないのは、なんとなく雪男に似ているからだろうか。

祓魔師のコートに似た黒いスーツだとか、黒髪の長さも、眼鏡も。
講師をしている時に見せる胡散臭い笑い方、目の下にはないけれど口元にあるホクロは雪男と同じ位置にある。

(…なに、考えてんだ俺。アーサーの仲間だぞ、こいつは。)

ふるふると首を左右に振ると、ギッと無言で睨みつける。

「こちらへ。」

俺の視線なんてまるで見えていないかのようにほほ笑んだままの男は、旧寮の扉に胸元から取り出した鍵を差し込むと、扉を開けたまま俺を待っている。
無言で男の隣を通り過ぎて扉をくぐると、そこは数時間前に訪れた、あの場所だった。

ぞわりと寒気がして体中に鳥肌が立つ。

「この鍵は貴方が持っていて下さい。私がお迎えに上がれない時のために。」

優しい指が俺の手をとって、掌に鍵を握らせた。
鍵は全体が金色で、先に赤い宝石がついている。
悪趣味なアーサーが好きそうなその鍵を忌々しく睨みつけてからポケットに乱雑に放り込んだ。


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