10 Period-1 | ナノ


Period(1/4頁)


「しま…あの、ちょっ…」

「なん、…嫌なん?」

「ちがっ、ちがう、けど、っ」

わあわあと少し遠くで聞こえる声に、奥村くんはびくりと体を揺らした。






授業をサボってぶらぶら歩いている途中に、奥村くんのクラスが運動場で体育の授業でサッカーをしているのを見かけたのが今日の始まり。

とうに散ってしまった桜の木陰で涼みながら様子を見ていると、奥村くんはやっぱりクラスにも馴染めてないみたいだった。

とくに体育は力加減が分からないのだろう。二人一組になって準備運動を始めれば、ボールを強く蹴りすぎてしまっては嫌がらせのように相手は遠くまで走って取りに行かなければならなかった。
試合が始まればチーム分けでのけものにされ、ぽつん、とコートの端に座っていた。


不器用なだけなのに、誰にも気付いてもらえない。

特進クラスの弟と比べられ、理事長の贔屓を受けているのだと囁かれ。


「…かわいそーな奥村くん。」

ぽそりと呟いた。

一番酷いのは、俺か。

奥村くんの気持ちを利用して、弄んで。


ぴくん、とコートの端で体育座りをしていた奥村くんが、背筋を伸ばした。

きょろきょろと辺りを見渡し、そして、振り返ってこちらを見た。


ぱあ、と花が咲いたように笑うその顔は、無邪気としか言いようがない。

まるで何も穢れを知らない無知な子供のような。


小さく手を振る奥村くんに、少し考えて「おいで」をするように小さく手招きをした。


一瞬きょとん、とした後に、またきょろきょろと辺りを見渡して、校舎に隠れるようにしてぐるりと回って俺のところへ駆けよってくる。

(そんなこそこそせんでも誰も見てへんのに。)

可哀そうな奥村くんには、誰一人意識を向けてはいなかった。


「し、志摩…!どうしたんだ?こんなとこで」

「んー、サボり。てか何で気付いたん?」

「志摩の、声が…聞こえたような気がして。」

へへ、と笑う奥村くんに、一瞬ぎくりとする。

あの『かわいそーな奥村くん』の一言が聞こえたとでも言うのか。
風に乗ったとしてもあんな小さな呟き声が離れた奥村くんに届くとは考えにくい。

「俺の名前、聞こえた気がしたから…周り見てみたら、ほんとに志摩がいた」

心底嬉しそうに笑う奥村くんを見てれば、はっきり聞こえたわけではないみたいだった。

(悪魔って地獄耳なんかなー。今度から気ぃつけな。)

「…サッカーせぇへんの?」

試合の始まっているグラウンドを指させば、少し気まずそうに奥村くんが視線をずらす。

「…人数、合わねーから。」

「…そか。…ほな、サボろ。」

くい、と一度だけ奥村くんの服をひっぱると、立ち上がって歩き出した。

「う、うん…!どこ、行くんだ?」

「んー、どこ行こかぁ」

屋上は暑いし、中庭の木陰は職員室に近いし、保健室はこの時間には保険医が居る。

考えながらゆっくり歩いていると、グラウンドと校舎の丁度間にある体育館の中からバスケ特有の音がした。


「…せや。奥村くん、こっち。」

人目もないことを確認して、奥村くんの手を掴む。

かあ、と熱の上がった顔を確認した俺は気を良くしてそのまま奥村くんの手を引いて歩きだした。



キイ、と扉を開けて埃の溜まった狭い通路を通ると、もう一つ大きな扉がある。少し軋むその扉を開けると、薄暗くて少し湿っぽい場所に出た。

マンモス校である正十字学園は、校舎も寮も、そして体育館もだだっ広い。
そして、何クラスも同時に授業できる分のバスケットボールやマット、跳び箱、いろんな体育用具が詰め込まれたここ、体育館の端にある用具入れもまた、意外と広々としていた。

「ここって…」

「あの通路な、体育館用具入れの裏に出んねん。」

「へぇ…!なんでも知ってんだな、志摩!」

無邪気に驚く奥村くんの唇に人差し指を当てて「しー」と言えば、暗くても解るほどに真っ赤になったのが分かった。

「静かにせな、あかんえ、」

はあっと熱い息が人差し指にかかる。

こくこくと小さく頷く奥村くんに笑いかけると、こくりと細い喉元が小さく鳴った。




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