10 勝→←燐
兄さんとクロと一緒に学校の中庭で昼飯を食べて、食べ終わってすぐに木陰でゴロゴロし出した兄さんに、
「兄さん、僕は次の授業移動教室だからちょっと早めに戻るね。寝ちゃだめだよ。」
と言うと、わかってるー、という間延びした返事が返ってきた。
「クロ、1回目のチャイムが鳴ったら兄さんを起こしてね?」
兄さんの返事は当てにせずクロにそう頼むと、にゃぁ、と返事が返ってくる。
クロの言葉は分からないが、こちらの言葉はほとんど理解するのでこういう頼みごとをするには本当助かる。
じゃあまた後でね、と言い残すと、中庭を去った。
「あれって…、」
教師に頼まれごと…という名の雑用を頼まれ、予鈴のチャイムが鳴り終えるころにようやく終わった。
中庭を横切って教室に戻っている時、ふと見覚えのある姿を見つけた。
その傍には、黒猫が一匹、飼い主に倣ってすぴすぴと眠っている。
「何やっとんねや、あいつ…」
もうすぐ本礼が鳴ってしまう。
一応起こしに行ってやるか、と近づけば、木漏れ日がキラキラと影と光を与えていた。
光が当たると藍色になる揺れる柔らかい髪だとか、きめ細かい白い肌だとか、長い睫毛だとか、薄く開いたままの朱色の唇だとか。
不覚にも、不本意にも、最悪なことに。
綺麗だと思ってしまった。
(…寝とったら…こいつ、)
気が付いたら近くにしゃがんでいて、まじまじと見ていた。
口を開けば喧嘩ばかりしてしまうが、意思の強そうな瞳は今は閉じられていて、その表情はいつもの何倍もあどけない。
(幸せそうな顔しよって…)
キーンコーンカーンコーン
ふと気が付けば。
(お、俺、な…に、やって、っ…)
授業の始まりを知らせるその音に、必要以上に驚いたのは。
「にゃぁ」
いつの間にか起きていた黒猫が、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「…っ」
なぜか黒猫の真っ直ぐな眼に見られてるのに耐えきれなくなって、俺は教室へと走りだした。
『りんーりんーおきてっ、おきて!よれい" なっちゃった!おれ、りんおこさないとゆきおにおこられる!』
カリカリと服をひっかく音と、クロの声にふわふわと意識が上がってくる。
「んー…あれ…、…誰も居ねぇ…」
中庭をきょろきょろと見渡せば、授業が始まってしまったのか、誰も居なかった。
『りん、じゅぎょういかなくていいのか?』
「んー…もう始まってるし…、1時間くらい寝るか〜」
起こした体をゴロン、とまた芝生の上へと横たえれば、すぐに睡魔はやってくる。
『あ、さっきとさか″がきてたぞ!』
「とさか?…あぁ、勝呂のことか?」
『りんにちゅーしてたぞ』
「そっかー…へ?…えぇぇぇえええ!?!?」
うとうとし始めていた脳ミソの細胞が一気に目を覚ました。
「えっ、え、え?ちゅ、ちゅーって?」
『ちがったか?くちとくちくっつけるの、ちゅーじゃなかった?』
確かに、クロにちゅうすることもあるし、それがちゅうだって教えたこともある。クロはオスだし、男とオスがちゅうしてもまぁいいんじゃ、
「って違ぁぁぁああ!!!」
芝生の上をごろんごろんとのたうち回る俺を、不思議そうな表情で見ている。
『どうしたんだ?りん』
今度は思わず正座してしまった俺に、いよいよ心配の表情で見てくるクロ。
「だめだ…寝る。俺は寝る。」
『くち、いたいのか?』
クロに言われて、口元を押さえていることに自分でやっと気付いた。
「な、なんでもないっ。クロも寝ていいから!なっ!」
『りん、かおあかいぞ。ねつあるのか?』
ぺたり、とクロの肉球が額に触れる。
「うん。…熱あるみたいだから寝るわ。」
しばらくこの熱は引きそうにもない。
(起きていたかった、なんて。そんなの。)
*
小説版の出雲ちゃんストーリーを読んでふと思い付いた勝→←燐。
一緒に寝ちゃうクロたんが好き。
勝呂は燐とクロが会話できるの知らない設定。ピュア同士っていいよね。
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