08 柔←燐






「さいっあくや…」

「どうしたんだ?志摩」

塾が終わって、「帰るん嫌やぁ〜」なんて嘆いてる志摩に声をかける。

「今日から1週間、柔兄がうちの寮泊まるんやて…死ぬぅうう!!」

「えっ!!柔造さん、こっちくんの?」

志摩の口から出た名前に、びくりと思わず心臓が跳ねる。

――柔造さん。

京都に行ったあの時、出会った人。志摩の兄ちゃん。手が大きくて、にこにこ柔らかい笑顔で、かっこよくて、祓魔師としても尊敬できる人。

俺がサタンの仔だってバレて、一時は警戒視されたけど、ごたごたが落ち着いてちゃんと話すことができて、京都の大人達の中で一番最初に俺を信じてくれた人。

『笑ってる奥村くんの方が、俺は好きやで』
俺が京都の祓魔師の人たちに敵視されている時に、頭を撫でてくれてそう言ってくれた。

あの日から俺は、柔造さんのことが好きだ。
好きに、なってしまった。








「柔造さん、っ」

志摩の寮には、遠征の祓魔師が泊まれるように何部屋か特別な部屋がある。
志摩と一緒にお邪魔して、半年ぶりくらいに柔造さんの姿を目にした。

相変わらず格好良くて、優しい笑顔。

「おっ、燐くんやんか〜久しぶりやなぁ」

くしゃくしゃと頭を撫でられて、心臓がぎゅうぎゅうする。

「へへ…こんばんわ!」

「奥村くんが晩飯作ってくれんねんて〜ま、ここだけはラッキーやな」

「おぉ!噂で聞いとんで。料理めっちゃ上手いんやてなぁ。」

「そんなっ、ハードル上げないで、ください!」

ドキドキしながらも、昨日旧寮で予行練習までして、雪男お墨付きだから、たぶん、大丈夫。おいしいって言ってもらえる、はず。





簡易キッチンしかなくて、きんちょーして震える手のせいで失敗しそうになったけど、無事完成した料理をテーブルに並べていく。

「うん、ほんっま美味いなぁ。出し巻きとかここまで本格的な味に作れる子、そうそう居らんで。」

そんな風に褒められたら、ぺしんぺしんと跳ねる尻尾を止められない。

「はははっ、奥村くんの尻尾、かわええなぁ」

柔造さんが笑ってくれてる。嬉しい。嬉しい。
柔造さんが、俺の作った料理を食べて、おいしいって言ってくれる。

幸せすぎて死にそう。


食べ始めて10分ほどしたところで、柔造さんの携帯が着信を知らせた。

「ん?任務ちゃうやろなぁ…あ、ちゃうわ。もしもし、」

ちょっとごめんな、と手を顔の前に立てて小さく謝る柔造さんに、にこりと笑って気にしないでと伝える。

「今?飯食うとる。廉造の友達でな、男の子やねんけどめっちゃ料理上手いんや。お前より上手いで、出し巻き。ははっすまんて。」

『お前より上手いで、』

「――っ」

ズキン、と心臓の辺りに、引き攣れたような痛みが走った。

聞こえてくる柔造さんの声は、明るいけれどとても穏やかで、その声を聞くだけで、柔造さんが電話の相手をどれだけ信頼しているかが分かるくらいだった。


『その』可能性。考えたことがないわけじゃなかった。

柔造さんに、好きな女の人が居ること。相思相愛の人が居ること。

「大丈夫や。朝晩は学校の子らと時間ずらしたら食堂で食うてもええんやて。うん。あぁ、ほな。」

ピ、と切った柔造さんは、すまんなぁと何事もなかったかのように食事を続ける。

「なに?あの虎屋旅館の仲居さん?」
志摩がそう聞く。志摩は、知ってるんだ。さっきの、電話の相手。

聞きたく、ない。

思わず耳を塞ぎたくなったけど、さすがに出来なくて、必死に茶碗の白米を口に詰めるだけ詰め込む。

「あぁ、飯どうしとるん、てな。心配性すぎるやろ、あいつは。」

「うわーのろけーはよ結婚したらええんに。」

必死に口の中の白米を噛みしめる。何度も、何度も、噛みしめる。

だいじょうぶ。だいじょうぶ。

そりゃあ、十二分にありえることじゃんか。柔造さんに彼女が居たって、全然おかしくない。結婚を考えてたっておかしくない。


おかしいのは、俺だ。


じわり、と視界が揺れるのが分かって、俺は慌てて刺身に思いっきりワサビをつけて口の中に放り込んだ。

「うわっ、燐くんワサビつけすぎやろ!」

ツン、と鼻が痛くなって、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「――っ、へへ、つけすぎちゃいました。」

柔造さんがティッシュで涙を拭ってくれる。

ぽろぽろ、ぽろぽろ。余計止まらなかった。

「気ぃつけや、目真っ赤になっとるで?大丈夫か?口ゆすいでくるか?」
優しくしないで欲しい。こんな俺に、優しくなんてしないで欲しい。


からい、からいと口を押さえて、俺は洗面所へ向かった。

本当は、痛い、痛いって言いたかった。

ズキズキと心臓に針が刺さってるみたいに、痛いんです。

「――ぅ、」

柔造さんが選んだんだ、きっと素敵な人だ。俺みたいなずるくて小さな人間じゃないんだろう。

「っひ、ぅ、」


だって俺は、泣きながら、唯一、ひとつだけ。

あんたより料理は上手いんだって、俺は見たこともない貴女を見下した。


傍に居られない俺のばかな妄想だから、ゆるして。





ふと思いついた柔←燐片思い。




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