幾年の想いと一夜限りの出会いの行く末は貴方のみぞ知る



「いらっしゃいませ〜。おっ、これはこれはシュラ様やないですか。どうもご無沙汰しとります。この前はおおきに。」

ドキドキしながら店内に入ると、眼鏡を掛けた小柄の、少し関西系の訛りで話すボーイらしき男性が出迎えてくれた。

「お久しぶり、子猫さん。この間のライブ、とっても楽しかったですわ。少し前に音楽関係者の方が私のお店にいらっしゃったんだけど、子猫さんの話を出したらご存知でね。貴方には将来性を感じるって話してらしたわ。メジャーデビューも目の前ね。」

「いやいや、そんなん恐縮しますわ。まぁ、そうなるようにここで頑張らせてもろうてはるんですが。」

今回シュラが一緒についてきてくれたのは、もちろん俺の付き添いである。どうやら二人は顔見知りのようで、話がぽんぽんとテンポよく進む。水商売の店に入ったことなど一度たりともない俺にとって強力な助っ人を用意してくれたメフィストはさすが用意周到な男だ。

蚊帳の外の俺は、とりあえずお上りさんの如く当たりを見回していた。俺が思い描いていたホストクラブはやたらと照明がギラギラしていて、音楽がジャンジャン煩く鳴っている場所というものだったが、ここは真逆だ。
店内は実に落ち着いた雰囲気で、あたたかみのある照明と会話を邪魔しない優雅な音楽が、店の品の良さと敷居の高さを感じさせる。どの客もホストと共に酒と会話を楽しむ、まさに大人の空間だ。
そんな中で一生懸命雪男を探すが、見える範囲にはいないようだった。そのかわりに髪の毛が鶏冠みたいな厳つい感じのホストがこちらにやってきて、思わず顔を背けてしまった。

「どないされました?」

「あっ、い、いえ…初めてなもので、緊張して…」

「そうですか。店の人間の自分が言うのもなんですが、ここの男性は皆優しいですから安心してください。ほな、楽しい時間を…」

ニコリと笑って軽く会釈すると、そのホストは去っていった。その男前な姿にこれなら女の子が勘違いしても仕方がないかもしれないと思ってしまった。

「それにしても相変わらず繁盛してますこと。前に来たのは確か一ヶ月前でしたっけ。この様子だとますます売上を上げてらっしゃるんじゃなくて?世の中不景気だというのに羨ましい話ですわ。」

「ははは、何を仰いますか。貴女こそこの界隈で超有名店のナンバー1ホステスでいてはるのに。ま、一番儲かってはるのは社長ですわな…って、ほんますみません!もしかしてそちらの方は新人サン…?」

「ううん、私の友人でリンっていうの。なかなか可愛い子でしょ。でもかなりの奥手でね、男の一人もできたことないの。だから一度荒治療も兼ねて連れてきたっていうわけ。」

二人のやり取りを見ていて、シュラがついてきてくれたのはやっぱり正解だと思った。態度の変容ぶりや饒舌すぎる方便には呆れを通り越して尊敬の念すら覚える。しかもナンバー1ホステスなんて寝耳に水だが、あながち間違いではなさそうだ。

「なるほど。当店は品のある楽しさがモットーですからね。さすがはシュラ様、わかってはりますな。それで、ご指名は前回同様に廉造でよろしいですね。それからリン様はどうされます?」

話を振られ困ってシュラに目配せをすると、さすがの彼女はすかさず助け船を出してくれた。

「あー、そうそう。入り口の写真を見て雪クンだっけ?彼が格好いいって。前来たときにはいらっしゃらなかったわよね。新人クン?」

「ええ、まだそないに日は経ちまへんがおかげさまでえらい人気で。実は指名数がナンバー2の竜士とええとこ勝負ですわ。まぁ、廉造とは比べもんになりまへんが…それではこちらへどうぞ。」

ボーイは笑顔を絶やさず席へと案内してくれる。その後に続くシュラと俺。座り心地のよいソファーに座るとすぐに水とおしぼりを持ってきてくれ、少々お待ちくださいと言ってボーイは下がっていった。

「…まるで別人だな。」

「ま、これが商売ってもんだよ…で、子猫ってのはメジャー目指してるバンドのボーカル。資金集めのために働いてる、すっげぇ頑張り屋。そんで竜士ってのが、さっきお前が話してた鶏冠アタマ。あいつも男気があってイイヤツだぞ。」

「ホストってみんなチャラチャラしてんのかと思ったけど、違うんだな。」

耳元でぼそりと率直な感想を話すと、ふふんと鼻で笑ったシュラはバッグからタバコと携帯を取り出した。だが、携帯電話のディスプレイを見るなり眉を潜め、ちょっと待ってなとその場で電話し始めた。

「…はぁ?今日は休ませろって…あのオッサンがどうしてもってあのなぁ…わーったよ、そのかわり弾めよ。絶対だかんな!じゃ…」

なんとなく話が見えてしまった俺に、シュラは申し訳なさそうに頭を下げた。

「わりぃ、どうしても店に出てほしいって。私目当ての太い指名客が来たんだとさ。チッ、あのオッサン我儘だけど、羽振りはいいからな…」

「えっ!?まっ…」

「これ置いてくから適当に使え。じゃ、頑張れよ!」

そう言うと、シュラはメフィストからの軍資金である分厚い財布を置いて、足早に店から出ていってしまった。取り残された俺は、ぽつんと一人椅子に座っていた。





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