my cute girl?
「兄さん、明日 映画行かない?」
雪男がそう言って1枚のパンフレットを差し出してきた。
それは海賊のシリーズものの映画の久々の続編で、俺がすっっっげぇ見たかったやつ。
「うおー!マジで!絶対行く!」
「じゃあ明日学校終わったら、とりあえず理事長室前に来てくれる?」
「おう!わかった!」
ここで怪しむべきだった。
どう考えても、理事長室前待ち合わせ、なんて変だということに。
「お☆奥村君いらっしゃいませv」
理事長室の前で座り込んでいると、部屋に戻ってきたところのメフィストに会った。
「いや、別に今日はお前に用事じゃねーぞ?」
「あれ?映画見に行くんですよね?奥村先生に一つ頼まれごとをしていますが。」
「え?そうなのか?」
「はい☆まぁ、奥村先生がいらっしゃるまで中でお茶でも☆」
中へと促され、出された紅茶をすすりながら待っていると、「遅くなってごめんね兄さん」と少し遅れて雪男がやってきた。
「お、んじゃー行こうぜ!メフィスト、ごちそうさまでした!」
「ここで『準備』して行くんだよ、兄さん。」
爽やかな笑顔の後ろに不穏な空気が流れだす。
「じゃ〜ん☆」
ぴらり、とメフィストが出してきたのは、女ものの正十字学園の制服。
「じゃあ、向こうの部屋で着替えて下さいね☆あ、ウィッグは部屋に置いてますので。」
さらさらとそんなことを言われるが、全く意味がわからない。
「いや、は!?何のこと!?」
「やだなぁ、兄さん。今日は何曜日?」
「…水曜日?」
「うん。…レディースデーだよね。」
まさか、と。
いやいやいや。普通に行けばいいだろう。
そう思った俺の心を読んでか、雪男が言った。
「まさか小遣い2千円から使うわけにはいかないよね?って、月末の今、そんなに残ってないしね?で、僕が出すわけで。じゃあ兄さんにできることは、できるだけ僕の負担を減らすことじゃないかなぁ?」
にこにこと早口で言われても、はいそうですかと鵜呑みするわけにもいかない。
「いや、でも!これって犯罪…」
「そうだよね…兄さんは僕の財布の中身なんかどうでもいいよね…僕が毎日毎日必死に任務をこなして頂いている給料だとしても…」
「っだー!わぁったよ!」
鬱々と陰を背負ってそう言いだす雪男に、さえぎるようにそう言うと、ぱっと笑みを浮かべた雪男が、さきほどメフィストが持っていた制服を差し出してきた。
やけくそになって奪うように雪男の手から女ものの制服を奪い取り、奥の部屋へと向かった。
後ろで二人がほくそ笑んでいることも知らずに。
-----
バンッと雄々しく扉が開く音に振り向くと、
「着たぞ!ほら!ぜってぇ無理あんだろ!」
スカートの裾を両手で押さえながら、兄さんが出てきた。
別の意味で絶句するしかない。
少し長めの前髪から覗く深蒼の猫目、細い首や腕、思わず抱きしめたくなる腰に、短いスカートから伸びた薄く筋肉のついた長い脚、きゅっと締まった足首。
「………うん。とりあえず、もう少しスカートは長めにしよう。」
「同感ですが、ちょっと待って下さい☆」
理事長はパシャパシャと、あらゆる角度から兄さんをカメラに収めている。
少し、いや、だいぶとイラツとするが我慢しよう。
どうせこの写真も手に入るものだし。
理事長なしではこの制服と、兄さんの髪色・髪質に合わせたオーダーメイドのウィッグは用意できなかったわけだし。
「ちょ、嫌がらせか!何撮ってんだ!」
理事長のデータカードが2枚満タンになったところで、「さ、行こうか」と兄さんの手を引いて歩きだした。
「ちぇ。少し撮りたりないですが…まぁ、続きはまた今度。ふふ。いってらっしゃい、お二方☆」
そんな理事長の声を後ろに、正十字学園前駅へと繋ぐ鍵を回した。
扉を開くと駅のホームの少し奥まったところにある従業員通路に出る。
「おい雪男っ、マジでこのまま行くのかよ!?って、うぉ!?」
まだ諦めきれないらしい兄さんの手をきゅ、と握ると、びっくりしたように声が跳ねた。
「こうやって手、繋いでても不思議に思われないね。」
する、と握った手を少し離して指と指の間に1本ずつ絡めていく。
いわゆる『恋人繋ぎ』という、普段ならば絶対にできないこと。
「ちょ、見てるやつ、いる!」
「見せてあげればいいよ。僕だけのかわいい兄さん。今日は自慢したくてわざわざここに来たんだから。」
「か、かわいいとか、なんだそれ!」
顔を真っ赤にして、キャンキャンと子犬のように文句を言ってくる。もう、その姿すらかわいい。
「今日は寮に帰るまで離してあげない。ね、いいでしょ?たまには「弟」のお願い、聞いてよ。」
「…う、しょ…しょーがねーな!…今日だけだぞ」
そう言って兄さんは俯いてしまったが、握った手は少しきつく キュ、と握り返してくれた。
*
いざとなったら「弟」という単語を巧みに使いそうだな雪男。
←小説TOPへ戻る