幾年の想いと一夜限りの出会いの行く末は貴方のみぞ知る



とびきり美人な女性秘書に『社長室』と書かれた部屋に通され、音もなくドアが閉まった。
目の前には応接用の机と椅子。その奥にはいかにも社長っぽい机。そして、肘掛け付きの椅子に座って頬杖をついていた派手な服装の男を視界に捉えると、づかづかと歩みを進めてバーンッと机を叩いた。

「メフィストッ!てっめぇー、一体どういうつもりだっ!?」

けれど、俺たちの後見人であるメフィスト・フェレスは全く表情を崩さず、笑顔のままだ。

「そのままそっくりお言葉をお返ししますよ☆アポなしで怒鳴り込んできて、非常識極まりない。それでも一応成人した大人でしょう?それに、もし私が不在だったらどうしたのでしょうね。」

説教をこれ以上聞きたくなくて適当に謝れば、まぁ立ち話もなんですからと応接用の椅子に座るよう促された。それに合わせたかのようなタイミングのよさでドアをノックする音が聞こえて、先程の秘書がお茶を運んできた。せっかく淹れてくれたお茶を無下にするのも気が引けて、癪だったが結果的にはメフィストに従う運びとなった。
秘書が再び出ていくと、メフィストに今日わざわざここに来た本題を突きつけた。

「…てめぇの差し金で雪男をホストクラブで働かせてるんだろ。」

「おやおや、働かさせているとは人聞きの悪い。雪男君が望んだことですよ。やはり心配ですか?」

「そりゃ、毎回ベロンベロンになるまで働いてるみてぇだからな。体壊しちまわねぇか心配だよ。けどな、俺も一緒に働くっつったら、『喧嘩っ早い兄さんに接客業は絶対に無理だよ』なんてぬかしやがった。」

確かに言われたことはあながち間違いではなく、サービス業はおそらく勉強の次に苦手な分野だ。しかもホストといったら客の女性に媚び諂い、一時の夢を見せてあげなくてはならない。雪男に言われると無性に腹が立つが、確かに俺にはそんな芸当ができるわけないと思った。

「ふふっ☆弟君の言うことは確かにそうでしょう。しかし、彼の本心はもっと他にあるように思えますね。」

「は?どういうこと?」

メフィストの言わんとすることがわからず聞き返すも、それはご自分で聞くなり調べるなりなさいと簡単にあしらわれてしまった。

「はぁ…やっぱ心配だから様子見に行きてぇなぁ。でもああいうとこ、男は客として入れねぇみたいだし、女装でもしなきゃ無理だよとか笑いながら雪男が言ってたし。うがぁーっ、思い出しただけでもまたムカついてきたっ!!」

人を小馬鹿にしたような言い方を思い出し、再びやり場のない怒りが沸々と込み上げてきた。頭をガシガシッと掻くと、お茶をぐいっと飲んでどうにか気持ちを紛らわせようとしたが、どうも収まりがつかない。
すると、メフィストはスッと椅子から立ち上がり、こちらに来たかと思えば向かい合って座る。実に楽しそうな笑顔を浮かべているが、俺には悪い気しか起こらなかった。

「ほほう、実に興味深い☆ならば、彼の言う通りに女性の格好をして入ればどうです?」

「はぁ?んなの無理に決まってんだろ。そもそも女装できる服装も化粧道具もねぇし。」

突拍子もない申し出に、思わず声が裏返ってしまった。寝言は寝てから言えと言おうとしたが、その表情はどうやら冗談ではなさそうだ。

「そのぐらい調達して差し上げますよ。この私を誰だと思っているのですか?貴方は童顔で可愛らしい分類に入るでしょうから、きっと上手くいきますよ。何より大切な弟が心配なのでしょう?」

「う゛……わーったよ。背に腹は変えらんねーしな。そんじゃ頼むわ!」

「ふふっ、いいでしょう。楽しくなってきましたね☆」

女装なんて真っ平ごめんだったけれど、そんなのは唯一の肉親である雪男と天秤にかけるまでもない。俺は意を決してくだらないプライドをかなぐり捨てることに決めた。
そんな俺を見て、メフィストは新しい玩具を手に入れたときのような不敵な笑みを浮かべていたのだった。




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