幾年の想いと一夜限りの出会いの行く末は貴方のみぞ知る



まだ眠っている雪男を部屋に残して台所に立った俺は、あるものを使って適当に調理し、随分と遅い朝食を取り始めた。専門学校に通うようになってさらに手際がよくなった気がする。料理だけは雪男に負ける気はしない。
暫くすると寝癖がついたままの雪男が起き出してきた。準備をしようと箸を休めたけれど、雪男が自分でやるからいいと俺を制した。そして重たい足取りで台所に立つと、コップに水を注いで煽るようにぐいっと飲み干していた。ふぅと深いため息を漏らしたのを俺は聞き逃さなかった。

向かいに座った雪男は二日酔いなのだろうか、頭に手を当てたまま、なかなか箸を進めようとしない。

「なぁ、今日バイトは?」

「ないよ。でも、午後から補講があるから食べたらすぐ学校に行く。」

先程に比べればいくらか酒臭さは薄らいだが、明らかに顔色が思わしくない。そんな雪男を見て再び箸を置くと、意を決するために一つ深呼吸をした。

「…雪男。居酒屋でバイトって、嘘だろ?」

「…何でそう思うわけ?」

俯いていた顔を少しだけ上げた雪男はあからさまに怪訝な表情を浮かべていた。一瞬思わず後込んで言葉を飲み込みそうになったけれど、ここで引いてしまったら敗けだと自分に喝を入れた。

「何でって、そりゃここんとこ居酒屋のバイトの日は帰ってくるといっつも酒臭いじゃねぇか。店員が酒飲むとかマジでありえねぇし、そんなの…って、まさか雪男!?お前ホストでもやってんのか!?」

ピンと頭に浮かんだ推測をそのまま口にした俺を見て、雪男はふっと苦笑いを浮かべた。

「…兄さんにしては勘がいいね。そうだよ、フェレスさんに何か時給のいいバイトはないかって聞いたんだ。そうしたらあの人が経営しているホストクラブを紹介してくれてさ。医学生って莫大な学費が必要だからさ、長期休業中にそういう店で働く人って意外といるんだよ。もちろん学業との両立が大前提だけど。」

雪男は弁解や謝罪をするどころか、むしろ自分の言い分に間違いはないと思っているのか、さも当たり前のことのようにぺらぺらと捲し立てた。


―――ガタンッ!!


「お前っ!!何でそういう大事なことを俺に話さねぇんだよっ!?」

何にも知らなかったし、気づいてやることもできなかった。
一番近くにいるのはこの俺のはずなのに、雪男ばかり大変な思いをしているなんて…
そんな自分自身に不甲斐なさを感じる一方で、雪男に対しても腹を立てている自分が確かにいて、気がつけば座席から立ち上がり、雪男の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしていた。

「…心配かけたくなかったから、かな。」

胸ぐらを掴まれて怒鳴られても雪男の落ち着いた態度は変わらない。ただ、伏し目がちに複雑そうな表情を浮かべるだけだった。そんな顔を目の当たりにしたら何だかばつが悪くなって、パッと手を離して目線も反らした。

「ホントのこと言わねぇ方が嫌だっての!心配かけさせんな!」

「うん…でもごめん、兄さん。僕、辞めるつもりないから。」

席に着いた雪男は何事もなかったかのように再び食事を取り始めようと、今度こそ箸を動かした。
一度決めたことをやめるヤツじゃないことぐらい、わかってる。
けど、俺がどんなに心配してるのか、コイツにはわかっちゃいない。

「…くそっ、勝手にしろっ!」

久しぶりに一緒に取った朝食は、酷く不味くてそれ以上箸が進むことはなくて。
苛立ちのまま食べ残しの乗る食器をそのまま流しにぶちまけると、俺は目を合わすこともせず、部屋へ戻っていった。





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