妖絵巻 -あやかしえまき-

カチャカチャと食器に箸がぶつかる音や、冷静な藤本の声、ぎゃんぎゃんとわめいている志摩の声。
座敷の机を囲むようにして、けれど向かい合わせに3人対1人。どう見てもアンバランスだが毎度のことなので気にするのもやめてしまった。
奥村を挟むようにして花火を散らしている二人を余所に、当の奥村はうちのオカンが作った飯をかっくらうのに忙しそうだ。

「ねぇ、燐。お腹空いたんだけど。」

いくら和食とは言え、成長期の男子高校生を満足させる量を静かにぺろりと平らげていた藤本が奥村の首筋に鼻先を寄せる。
人間と同じ普通の食事でも一応の栄養は取れるものの、吸血一族というのは1カ月も血を口にしなければ冷静を保てなくなり、相手の血を死に至るまでの量を吸ってしまうのだ。
いくら精神力が強い者でも、人を愛した者でも、その本能は消えることなく。
だから藤本の一族は人を愛しながらも祓魔師に淘汰されてきた。この藤本雪男を除いては。
まだ10歳にも満たない時、藤本が暴走したことがある。そして暴走した藤本が向けた矛先は奥村だった。
そして不思議なことに、妖を引きつける体質のくせに、なぜだか噛まれた奥村は吸血鬼に目覚めることは無かった。
――後々解っていったことだが、幻覚や洗脳などは奥村に全く効かないらしい。

「ちょっと待てよ雪男、これ食い終わってからな!」

この『食事』の習慣を提案したのは、今では慣れたように答える奥村だった。
『おれが、エサに、なる!』だから友達を、藤本雪男を祓わないでくれと俺の親父に泣いて訴えたのだ。

「くっそ、ずるいで吸血鬼!腹減ったゆうたら奥村くんの首舐めれる思とんのやろ!」

「舐めてないよ、噛んでるんだ。そっちこそ今日はここ泊まりなんでしょ。燐に変なことしたら噛むから。」

敵を作りやすい物言いをする藤本も、奥村にだけは甘い。そして今は番犬のように奥村を守っている。(たまに飼い主の手を噛むのだが)

そして飼い主の手を噛むことしかしていないのが、志摩だ。

狼族も吸血族と同じく、満月の夜のたびに自身をコントロールできずに暴走してしまう性の妖だった。
親父が呪印を施した数珠をしていても、暴走する本能をどうにか抑えられるくらいで、そんな志摩を唯一落ち着かせられるのが、奥村だった。
人間には解らないほどに嗅覚が敏感になる満月の日、どうやら奥村からは志摩にしかわからない匂いがあるらしく、それを嗅ぐと落ち着くのだとか。
実際、昔は道場に籠って体を震わせて一晩耐え続けていた志摩が、奥村にへばりついていれば満月の夜も落ち着いて眠れるほどだ。

しかし先述した通り、志摩は飼い主の手を噛む。もう油断も隙も遠慮もなく。

さすがに恋人である奥村を他の男に沿い寝させるのはどうも納得できず、昔から満月の夜は俺と奥村と志摩の3人布団を並べて眠るようにしているのだが。
少しうとうとし、志摩が動く気配に意識が浮上して薄っすらと目を開けば、志摩が奥村に覆いかぶさってキスをしようとしている所だった。
その時は思いっきりドツいて拘束の呪を唱えたけれど。
おかげで満月の夜は逆に俺が眠れない。

はぁ、とため息をつくと同時、藤本がにまりと俺と志摩にだけ見える位置で哂った。

「いただきます。」

「っン…!!…ぅ…ふっ、あ…っんン…」

「「………」」

藤本が奥村の首筋に噛みつく。

一瞬訪れる痛みに顔をしかめた奥村の表情が、血を吸われるごとにとろりと蕩ける。

「………む…むかつくぅぅう」

ぷるぷると顔を真っ赤にして志摩が膝の上で握りしめた拳を震わせている。

俺だってこの「食事」はしょうがないとも思っているものの、やはり心中穏やかなんてわけにはいかない。

「…藤本、」

俺の声にぴくりと目線を上げた藤本が、そっと奥村の首筋から口を離す。鋭い歯を首筋から引き抜いて、ぷつりと血が滲んだそこを一舐めした。

「ほら!舐めとるやんけ!」

「うるさいな、消毒だよ。」

「ちょ…しま、ゆきお、うるさい…」

血を吸われて貧血気味になっているであろう奥村が、頭を押さえながら呟く。

「奥村、横ンなるか?」

席を立つと、奥村と藤本の間に割り込むように体を差し込む。「んー、」とどちらともつかない返事をした奥村の両脇の下に手を突っ込んで、無理矢理立たせた。

「ほら、いくで。」

「うー、すぐろ…運んで」

しゅるりと後ろから細い腕を首に回されて、ぴしりと思わず動きが止まる。かなりの高確率で、いや、確実に今の言動を一瞬も奥村は脳みそを通さずに口にしている。

「おっくむっらくーん!俺運んだろか?」

固まっている俺を余所にひょいっと志摩が顔を出す。しかし、志摩を瞬殺したのは他でもない奥村だった。

「やだ。すぐろがいい。」

今度は志摩がぴしりと固まる番だった。





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坊におんぶされている奥村くんの背中を見ながら、そのうしろをついて廊下を歩く。


藤本の「食事」と満月の日が重なるなんて、最悪や…

いつもなら満月の日は俺が甘やかされる番やのに!

「食事」のせいで貧血でふわふわになってる奥村くんは正直で甘えたになる。

そう、俺の目の前で。

「あかん、泣きそう。俺泣いてまうで、奥村くん。」

「志摩、五月蠅い」

3人で川の字に並びながら、まぁ奥村くんは真ん中なわけやけど。けど!

ゴロゴロと猫みたいに坊にひっついて眠る奥村くんと、布団1.5人分空いた俺の隣。

「理不尽すぎるやろー!」

「んう、しま、うるさい…」

奥村くんまで ひどい!


すやすやとひっついている二人の隣で俺は一人涙を拭きながら眠ることとなった。




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10万打もんじゃ様からのリクエストでお送りいたしました!
パラレルの難しさにぶち当たりながら素敵設定をなんだか殺しまくってる感を見ないフリしてみます←
腹黒い雪&志摩…あれ、志摩?(笑)拗ねただだっこみたいになってしまいましたが書き始めたら定着してしまい…ヘタレたままで終わってしまいました汗
大変お待たせいたしました!そしてリクエストありがとうございました!
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