妖絵巻 -あやかしえまき-

ぽちぽちと、静かな屋上で携帯を開いて勝呂が『だうんろーど』してくれた簡単なゲームをしながら時間を潰す。

「あれ、坊はまた図書室?」

のんびりした声音に入り口の方を見れば、ピンクの髪がふわふわと風に揺れていた。

「おー志摩。勝呂は職員室寄ってから来るって。」

「らっきぃ〜」

すとん、と俺の隣に腰を下ろした志摩は、動物のようにしなやかに伸びをした。

動物のように、というのはあながち間違ってはいない。志摩は狼族の末裔で、嗅覚が鋭かったり、夜目が利いたりするものの、人とさほど大差はない。

志摩はくんくんと俺の首筋辺りを嗅ぐのが好きらしい。今日も俺の肩に顎を乗せながら、相変わらずひっついてくる。

「あ。今晩って満月だっけ。」

「うん。まぁ相変わらずコレあるから大丈夫やけどな。」

ちゃりっと軽い石がぶつかり合うような音がして、志摩の手首から髪と同じピンク色の半透明の数珠が僅かに見えた。
その数珠は勝呂の親父――達磨のおっちゃんが作ったもので、狼族が満月で暴走する力を封印する効力を持っているらしい。

「でもやっぱり満月近づくと奥村くんの匂いたまらんわ〜!もっと嗅がし、」

ゴンッ!という盛大な音と共に、志摩の声が途絶える。

「雪男!」

志摩の頭に直撃したのは、本がいっぱい詰まっていそうな俺のものでも志摩のものでもない鞄。その鞄が飛んできた方向を見ると、屋上の扉から冷ややかな目で雪男が志摩を見ていた。

「燐から離れてくれませんか、発情期ピンク頭くん。」

「いったああ!!ちょ、藤本雪男ぉおお!!頭やぶけたらどないしてくれるん!」

「破けても大した中身は入っていないでしょう。むしろ一度出して詰め直した方がいいんじゃないですか?」

にこりと人の良さそうな笑みを浮かべ、けれど俺や志摩と雪男の距離はさっきから少しも縮まることはない。
雪男は心底恨めしそうに入り口から空を見上げた。

雪男は吸血鬼の末裔でもあり、その血は薄まっているものの、直射日光に当たると体力を酷く奪われるらしい。昇降口に置いてある真っ黒の日傘がなければ、太陽の下にはほとんど出ることはない。

「燐、そんなピンク頭の傍に居たら孕んじゃうよ。こっち来なよ。」

「ちょっと…今…待って、こいつ倒すまでっ…あー!」

雪男と志摩の言い争いはもう日課になっているのでゲームを進めることに集中すると、遠くから勝呂の足音が聞こえた。
思わず指を離してしまい、残念な音楽がスピーカーから流れる。

「あーあ、ゲームオーバーだ…」

「何やっとんねん、奥村。帰るで。」

ザリ、とコンクリートを擦る勝呂の靴の音がすぐ傍で鳴ったと同時、くしゃりと髪を優しく掻き混ぜられた。
勝呂の太くてささくれ立った指が好きだ。ガサツそうに見えて酷く繊細なその指に黙って撫でられていれば、左右から刺々しい声が飛んでくる。

「もー!いつまで撫でとんねんな、坊!じゃまー!」

「勝呂くん、僕の食事の時間なんでさっさと帰り仕度して下さい」

「…お前ら…っ」

俺と勝呂が付き合ってるっていうことは二人も当然知ってることだけど、なぜかあんまり勝呂と二人とは仲が良くない。

狼族の末裔である志摩と、吸血鬼の末裔である雪男は、自分を支配できる力を持つ寺の跡継ぎの勝呂が本能的にダメなのかもしれない。受け付けない、とかそういう意味で。

だって俺は二人と逆で、勝呂の傍に居ないとまともな生活すらできない。
生まれた時から妖(あやかし)を引きつけてしまう体質だった俺は、勝呂家の結界の中から出るわけにはいかず、外に出るときは必ず勝呂の傍に居ないと大変なことになってしまう。

勝呂の傍に居るのは、その体質のせいだけではないけれど。

勝呂の指も、声も、言葉も、視線も。全てが武骨に見えてけれどとても繊細で優しい。
物心ついた時から傍に居て、気付けば好きになっていた。
その本心を伝えた時の勝呂を俺は忘れることなんてできないだろう。
くしゃりと今にも泣きそうな顔も、それを隠すように強く抱きしめられた腕の強さと暖かさも、同じ気持ちだと耳元にぼそりと届いたあの声も。

ぎゃんぎゃんと3人で言いあいになっていたのにも気付かずに想い出に浸っていれば、静かになっていた俺に気付いた勝呂が俺の顔を覗きこむように座り込んだ。

「どないしたんや、奥村。しんどいんか?」

「んーや、ちょっと昔のこと思い出してただけ、」

へらりと笑うと、俺の笑顔に少しも苦痛が含まれていないことに気付いた勝呂がホッとしたような顔をした。

「さっ、帰ろーぜ!」
*




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