最も長く続く恋は
  報われない恋である





「奥村くんの眼ぇてな、下向いとったら黒色で、上向いとったらこの空みたいな色に見えんねん。…せやから、上向いて、笑っとって欲しいんや。」

志摩は俺に優しい言葉をくれる。

俺がサタンの落胤だと知る前、志摩に好きだと言われた。





「俺、女の子が好きやったはずやねんけど…気ぃついたら奥村くんばっか見てまうねん。女の子は可愛いけど、塾入ってから、キスしたい思たんは…奥村くんだけやってん。なぁ、これって好きってことやんなぁ。」

志摩の熱い息がわかるほど近くでそう言われて。

「しま…」

何も言えずに、ただ、名前がぽろりと零れた。

その声は自分でも哂いたくなるほどの、困惑した声だった。

「ふ、」

志摩が小さく笑って、少し離れたのがわかった。

「でも、奥村くんは坊が好きなんやもんね。」

「っ…え、?」

『坊』という単語にビクリと肩を揺らすと、わかりやすいなぁ、とまた笑われた。

顔を上げると、どこか痛そうに顔を歪めて笑う志摩。

「あ…」

ほんきで、ほんきで俺のことをすきだと言ってくれているのか。

「分かるよ。奥村くんずぅーっと見とったんやもん。…奥村くんは、坊しか見てはらへんかったけど。」

す、と伸びた志摩の手が、勝呂に貰った髪留めを外した。

「っそれは、あちぃから…」

しどろもどろに答えようとすると、ええよ、と優しい声で言われた。

「誰にもゆわん。坊にもゆわん。せやから、隠さんでええよ。ずっと押し込めとるん、つらいやろ?」

志摩の言葉は、俺の中の隠していた壁をとろとろと溶かしてしまった。

そして、それから俺は志摩に甘やかされている。


---


『なんで…サタンの子供がここにおるんや!!!!』


坊のその言葉は、奥村くんの心を深く、深く抉った。

ほんの1時間ほど前は、坊に助けられて、暖かい言葉を貰って、嬉しそうに笑っていたというのに。


治療が終わり、安静にしててね、と言って出て行った看護婦さんの目を盗んで病院を抜け出す。

懲戒尋問とやらに連れて行かれた奥村くんと会えたのは寮の前だった。

僅かに右足を引きずっている。

「志摩君…」

「悪ぃ雪男、ちょっとだけ話させてくれ。」

「…わかった。先戻ってるね。」

奥村先生が俺の方を一瞥して、寮へと入って行った。

「…ごめん、志摩。黙ってて…」

「それより、足引きずってるけどどないしたん?」

屈んで奥村くんの足元を見ると、ブーツがまるで鋭利な刃物で裂かれたように、破れていた。

その奥に見える肌には、横に1本、太いみみず腫れができている。

「も、もう治りかけだし、俺は大丈夫だって!」

「…傷、つけられたん?…悪魔やから、って。」

「お、俺は、しょうがねぇんだ。」

「悪魔やって、知った途端、おかしいわ!……俺は、薄々やけど、気付いとったよ。」

「っえ…?」

何度も目にした、かすり傷とは言え、尋常ではない治癒力。

悪魔の血を引く人間は治癒力が高いと知っていたから。

「…ずっと見てたんやもん。奥村くんのこと。」

まさか、サタンの仔やなんて思いもせんかったけど。

それでもこの気持ちに変わりはなかった。

こうやって悪魔だからと、治癒能力が高いからと、傷付ける人間が一番悪魔みたいだ。

それなのに、奥村くんは、

「志摩、勝呂のそばに居てやってくれ。勝呂が俺のこと憎んでても、お前と子猫丸だけは、勝呂のそばに居てやってくれ。…頼む。」

そう言って、俺に頭を下げてきた。


この優しい悪魔は、人以上に人のココロと人の痛みが分かるのに。

くやしい、くやしい、くやしい。


でもきっと、俺が坊を説得したりすることなんて望んでない。

ただ坊のために、坊の傍に居ることが、唯一俺が奥村くんにしてあげられること。


守る力もなく、条理を変える力もなく、途方のない虚しさが胸を抜ける。

つん、と目頭が熱くなって、思わず俯いたままの奥村くんを抱きしめた。


「俺、奥村くんが、悪魔でも…サタンの仔でもええよ。」

ぎゅ、と抱きしめる腕に力を入れると、奥村くんは震える腕で俺の腰に手を回し、ためらった後にシャツを掴んだ。

「…っし、ま……、しま…っ」

ひく、としゃくりあげて、奥村くんは泣いた。

ごめん、ごめんな、と謝りながら。


(あほやなぁ奥村くん)

(俺にしといたらええのに)


こんな時にずるいなんて思わない。


(だって奥村君、坊のこと諦められへんのでしょ)


それでも、いつか。

そんな僅かな希望も捨てきれず、腕の中の体温をきつく抱きしめた。






うおおお…いっそ志摩燐にしたい。志摩を幸せにしてあげたい。でも片思いシチュが好きすぎる管理人。




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