手人手

「やっぱ人が居ると全然違うなっ!」

きょろきょろと辺りを眺めながら、尻尾はぱたぱたと上下に揺れている。

本当に、何度言っても直さないんだから。

いくら魔障を受けた人間にしか見えないと言っても、魔障を受けた人間を僕たちが判別できるわけじゃない。念には念を…とそこまで考えて、「念には念を」なんて言葉が兄さんの中に存在してるわけないかと思いなおす。

「あ、兄さんが壊したジェットコースターも直ってるよ。」

「あれは俺じゃなくてアマイモンが壊したんだっ」

子供みたいに舌を出しておどける兄さんが、人波にぶつからないように軽く腕を引く。

少し顔を赤らめた兄さんを見て、どくりと鼓動が熱く打った。

しえみさんと居る兄さんを見て、嫉妬心がしえみさんの方に向いていることに気付いたのは、高校に入ってすぐのことだった。
意識してしまったら、あとは坂を転がるように兄さんを「弟」の視線で見れなくなった。
幸いなことに、僕はごまかすのが得意だったけど。

そしていつからだろう、こうやって楽しそうな家族連れを見ても、羨ましいと思わなくなったのは。

「…だって、兄さんが居るもの。」

「…へ?」

思わず声に出ていた考え事の答えに、兄さんが不思議そうに聞き返す。

「兄さんが居るから楽しいんだな、って思って。」

ほわほわと朱に染まっていく頬が可愛くて、抱きしめたくなった。

そんな反応しないでよ、期待しちゃうでしょ。


どうしたの?と聞けば、なんでもない!と兄さんが顔を逸らしてしまった。






*






メッフィーコースター、メッフィーゴーランド、メッフィーハウス、土産屋までメッフィーショップ。
ここまで自分を愛せる悪魔は彼以外には居ないだろう。

「いい加減うぜぇな」

「そう?なんか清々しくなってきた。」

目に入るアトラクションや建物全てに理事長である彼の名前がつけられた建物に、げんなりした顔で兄さんが呟く。

前に任務で来た時はエリア分担で動いていたからあまり気付かなかったけれど、メッフィーランドは意外と広い。
気付けば西日に照らされて、家族連れがぽつぽつと帰り仕度を始める時間帯になっていた。

「…最後に観覧車乗ろうよ、兄さん。」

そう言って、白い息を吐く兄さんの、寒そうな首にマフラーを巻いてやる。

「へへ…さんきゅ、」

素直に受け取った濃紺のマフラーに口元を埋めて、兄さんが笑う。

兄さんが僕の隣で笑ってくれるだけで幸せなんだ。



混むことがなくなった観覧車に、二人で乗り込んで向かい合わせに座る。
ゆっくりゆっくりと上がっていけば、街並みや学校や訓練した森、しえみさんの家である祓魔屋や僕達の旧寮までもが見えてくる。

夕焼けに照らされたその景色はどこかノスタルジックで、頂上が近づき全て見える高さに来たころには自然と言葉が途切れた。

日が沈む――

その瞬間、日没をじっと見つめる兄さんの表情がなぜか悲しそうで、寂しそうで。

思わず腕を引き寄せて抱きしめた。

不安定な乗り物が ぐらぐらと独特な浮遊感を生み、椅子から滑り落ちるようにして二人して床に座り込んだ。

「っ、ゆき…?」

「兄さんが、好きだよ。」

そっと唇を寄せると、ぴくりと兄さんの唇が震えるのがわかった。

ほんの数秒で離れる熱。

「――…っ」

言葉を失って手の甲で口元を押さえて俯く兄さんに、内心ズキリと心が痛んだけれど、止められなかった。
僕が、ずっと、一緒にいるから。怒ってもいい。だから、悲しそうな寂しそうな顔だけは見たくない。

「…頂上でキスをした恋人同士は、ずっと一緒に居られるんだって。」

ぴくり、と兄さんの尻尾が僕の声に反応する。

「恋人同士じゃないから、無効かな。…もうしないから、兄さんの傍に、居させて…」

願うように耳元で囁いて、そっと離れようとした瞬間、ぐいっと腕を力任せに引っ張られた。

「う、わ!?――っ、」

ぷるぷると震える兄さんの睫毛が擽ったかった。

「…っ、にい、さん!?」

唇にぶつかった、柔らかくて熱くて少しだけかさついたそれが離れていって、漸く兄さんの顔を見ることができた。

「こいびと、どうし、に…なってもいー、ぞ。」

真っ赤になって、少し涙目で。でも目を反らすことなく僕の眼を貫くように真っ直ぐ見て。

ぶっきらぼうなその言葉は、永遠の約束。

ずっと、一緒に。




*




守りたい場所が一望できるその場所で、夕日が沈むその瞬間。

ふいに、なんだか切り離された気がしたんだ。

街や、学校や、皆とは、この先きっと違う道を歩いていく。

心臓をひたりと冷たい掌で掴まれた気がした。


「…頂上でキスをした恋人同士は、ずっと一緒に居られるんだって。」


キスされて自分の顔が尋常じゃなく熱くなって恥ずかしくて。

でも『もうしないから』と雪男が離れて行った瞬間、気が付いた。


誰よりも、傍に居て欲しいと。


「う、お!?」

しゅるりと尻尾に何かが巻きつくような感覚に驚いて声を上げれば、雪男が笑う。

振り返って自分の尻尾を見れば、くるくると同じ真っ黒な尻尾が絡みついていた。

初めて見る、『雪男の尻尾』。

「お、おま…」

「ほんとは手繋ぎたいんだけどね。兄さん、そろそろ降り口だよ。」

ゆっくりと見えてきた地上に、慌てて立ち上がる。

ゴンドラを降りても、まだふわふわしてる気がした。

「帰ろう、兄さん。」

ゆっくりと歩き出す雪男に並んで歩くけど、やっぱり尻尾が気になって何度も後ろを振り返ってしまう。

「ふふ、兄さん怪しい人みたいだよ。」

「だって…」

「魔障受けた人以外には見えないんだし。ね?」

俺がよく使う言い訳を、口ずさむように雪男が楽しそうに言った。


俺はまた振り返る。

今度はただ見たくて。


だって、なんだか手繋いでるみたいだったから。
*

タイトルは手人手で『てとて』です。とある曲名から。なんか字体と響きが好き。

左近様、大変お待たせしました!
雪燐らぶらぶデート!ら、ぶ…らぶ?
普通にデートを書こうと思ってたのですが…いつの間にか付き合ってない設定に!
目的は「尻尾繋ぎ」でした(笑)そのために勝手にアニメ設定にしてしまいましたが!
貰っていただけるとありがたいです。

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