手人手
※アニメエンディング1年後くらい。
「…お前、いつ寝てんの?」
あの一件があってから、雪男は更に忙しくなった気がする。
昼は学校、夕方は講師、夜は任務、夜中に帰ってきてもまたパソコンに向かってたり難しそうな本を開いてる。
「こう、なってからあんまり寝なくても大丈夫なんだよね。」
戸惑うように、雪男が笑う。悪魔に覚醒してから――。そのことをあまりはっきりと、雪男は口にしない。
「そ、か。…雪男ってなんで部屋でも尻尾しまってるんだ?」
癖だからと度の入っていない眼鏡をかけ、尻尾は服の中。変わって見えるのは少し尖った耳だけ。
いっぱい話しあって、悪魔として覚醒したことは後悔していないって言ってたけど、でも、本当は――
「だって兄さんに寝ぼけて踏まれそうだもの」
「なっ!!踏まねーよ!!失礼な奴だなー」
ぺしりと尻尾の先で背中を叩けば、その尻尾をきゅうと掴まれた。
「ふぎゃっ!!」
柔らかく掴まれたから痛くはなかったけど、ぞわわってするんだ。
「ほら、悪魔の急所なんだから兄さんもしまっときなよ。」
「う、うるせぇっ、はな、せっ!」
雪男は「全くもう、」とため息をついて、毛が逆立っている俺の尻尾をそっと放した。
「あ、ところで兄さん、誕生日、何が欲しい?」
きぃ、と椅子を傾けると、雪男が柔らかい笑顔でそう聞いてくる。
「え?あー、もうそんな時期か。」
12月に入って、気付けば俺達の誕生日まであと丁度一週間だった。
「雪男は?」
悲しいことに、俺達の金銭的な格差は大きい。雪男の願いを聞いて釣り合うモンじゃねーとな、ほら、兄貴的に。
「24日と25日に任務入ったら、27日は休みくれるって。…だから、兄さんと二人で過ごしたいな。」
「おー!そっか、休み取れるのか!んで、何が欲しいんだ?」
「…今、言ったよ?」
雪男の返事に、さっきの言葉を思い出してみる。ん?いや、ぜーったい聞いてない!
「言ってないって!」
「…解りやすく言うね。兄さんの時間を24時間欲しい。」
今度は俺が唖然とする番だった。
そして一瞬で顔が赤くなる。ぼんって音がしたかと思った。
だって、そんなの、女の子に言うようなセリフだろ。
わたわたしていると、雪男が小さく笑った。
からかわれたのか何なのか。いつの間に俺の弟はこんなキザなセリフを吐く男に育ってしまったのか。
しばらくして冷静になって、俺の財布に負担かけないようにって、誕生日プレゼントにまで気を遣わせているのかと気付いて、ちょっと悲しくなった。
さすがに、俺だって任務に出てるんだ。そりゃあ雪男とは階級が違うから給料とかも全然違うけど、あんまり無駄使いしてないつもりだし、去年の月2千円生活の時と違って貯金だってちょっとは…ほんのちょっとだけど、ある。
「え、遠慮すんなって!」
胸を張って言えば、半ギレの雪男に「それがいいの」と怒られた。
こうなったら意地でも引かないから、今年の雪男への誕生日プレゼントは『12月27日』になった。何か変な感じ。
「じゃあ、兄さんは何が欲しい?」
にこにことなぜか機嫌のいい雪男にそう聞かれて、宙を見つめる。
うーん、欲しいもの、欲しいもの。
リアルに浮かんだのが「もうちょっと小さいサイズの圧力鍋」だったので少し黙り込んでしまう。
暫くの間、唸っていたけど、ふと雪男と出かけることがあまり無かったと思い出す。
買い物とか任務とか家では一緒だけど、中学に入ってから雪男と遊ぶことって無かった気がする。
「雪男と、メッフィーランドに行きたい!」
いつも一緒だけど、いつもと一緒じゃない所に。
「…ふふ、いいね、行こう。晴れるといいね。」
ふわりと笑った雪男の表情が、なんだかいつもと違う気がした。
もうすぐ1つ大人になるからかな、なんて思いながら。
*
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