独占欲
コンコン、と控えめなノックに疑問符を浮かべながら、一番ドアの近くに居た勝呂が扉を開けた。
「よ、よっす!オジャマシマス…」
ひょこ、と顔を出したのは、奥村 燐。
短い間にもなんやかんやあったせいか、喋りずらい奴。
文句以外に喋ることが見つからん。
「お、お前っ!なんやねん!」
「あ、坊。俺が呼びましてんー」
「奥村君こんばんわ。中どうぞ?」
「ありがとなーこねこまる!」
そんな俺を余所に、志摩と猫は普通に「ここ座りー」とかゆうとる。
「さっきお茶買ってきてん。俺めっちゃ気ぃきくやろ?」
「そういうの自分で言うなよ、ダセぇぞ、志摩」
「ひどっ!もーお茶あげへんー」
「ちょっ!せこいぞ志摩!すげー今喉乾いてんだから、くれ!」
「もう、志摩さんあげたってくださいよー」
「あー!お前らうっさいねん!」
何やこれ。煩いガキ二人とオカンと頑固親父みたいになっとるやろうが。
誰が頑固親父や!
心の中で一人ボケツッコミをしながら、虚しくなってくる。
懲りずにキャンキャン子犬みたいに騒ぐ奥村と志摩をぼうっと眺めていると、ふと、奥村の前髪に前に貸したピンがついたままなのを見つけた。
(そういや、勉強以外でもずっとあれしとるな…)
じわ、と暖かくなった胸に、いやいや意味わからん!とまた一人で悶々とする羽目になった。
「あちぃ〜!あーもういいや、勝呂の貰う!」
パシッと心地良い音が聞こえて、目の前の机に置いていた飲みかけのペットボトルが消えていた。
ゴクッゴクッと軽快に喉を鳴らして、3分の1ほど残っていたスポーツドリンクは、全て奥村の体内に消えた。
「あ、やべ。全部飲んじまった。」
そう言ってペットボトルを真上に向け、僅かに舌を出してポタポタと最後の一滴まで飲み干す。
その光景がなぜか物凄く恥ずかしいことのように思えて、顔に熱が集中するのがわかった。「あれ、坊、顔赤いですけど大丈夫です?」
子猫丸が心配そうに声をかけてきた。
「そういや勝呂、今日静かだな。風邪か?」
「あ、阿呆に呆れとるだけや!」
「んだとぉ!?」
「まぁまぁ奥村くん落ち着いてー。あ、子猫さん、テレビつけてー!」
それから志摩が「これおもろいねん」というお笑い芸人が何組か出ているコント番組をみんなで笑いながら見ていたら、いつの間にか隣で爆笑していた奥村が静かになっていた。
「あ。若先生に、1時間で奥村くん返して、てゆわれとったん忘れてた。」
いつもはもっとはよ寝てるんやて、という志摩の声を聞きながら、奥村の方を見る。
(ようこんな煩い番組見ながら寝れるわ。)
こてん、と凭れたベッドに頭が落ちていて、阿呆みたいに涎垂らして寝とる。
「奥村君て、可愛い寝顔で寝はりますね。」
そんな子猫丸の言葉に、ビクリと肩が跳ねた。
「ど…っ!」
どこがやねん!そう怒鳴りかけて、隣から聞こえてくる穏やかな寝息に思わず声を詰まらせる。
「…起こしたら煩いし、まぁ元々この部屋4人部屋みたいやし、…面倒やからこのままほっといたらええやろ。」
そう言って、せめてベッドの上に放り投げてやろう、と、膝裏と背中に手を回して力を入れると、予想していたよりもずっとその身体は軽くて、華奢で。
もちろん女とは明らかに違うが、どう考えても自分よりだいぶ細い身体。
ドクリ、と心臓が重く鳴った。
(どっからあんな馬鹿力出しとんねん)
そっとベッドの上に降ろしても、全く起きる気配もない。
「坊やっさし〜」
何かを含んだ言い方の志摩に、思わず声を荒げかけた瞬間、コンコンッとドアの叩く音がした。
人の良さそうな笑みを浮かべて、だけど、凍りつくような目の色をした男が立っていた。
ぞ、と背筋を何かが這い上がるような悪寒が駆け抜けた。
「…そろそろ、返してもらえますか?」
微動だに出来ない俺達を余所に、奥村先生はすたすたと奥村が眠るベッドまで近づき、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと抱きあげると、
「おやすみなさい。」
ふわりと笑うその視線は、警告を示すもので。
静かに去った二人のあとには、開いた扉から生ぬるい風が入ってくるだけだった。
「っは、…こわー!奥村先生てだいぶブラコンなんやね。」
「…とっても大切にしてはるみたいですね」
(…いやいや、あんな目ぇ、おかしいやろ。)
その視線を思い出しただけで、背筋が凍るのを感じた。
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「だめじゃない、兄さん。」
もちろん、眠ったままの兄さんからは返事は返ってこないけれど。
寝顔なんて見せちゃだめだよ。
誰も知らなくていいんだから。
「おやすみ」
長い睫毛に縁取られた、今は閉じられている目蓋に口づけを。
(勝呂君と志摩君は要注意、かな?)
友達以上の感情を1ミリでも持って兄さんに触れるなんて、おぞましい。
(何も、しらないくせに。)
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「兄さん、起きて。もう皆ご飯食べ終わっちゃったよ?」
「むにゃ…ごはん…ごは……うお!?」
飛び起きた兄さんは、キョロキョロと回りを見回して、自分の部屋であることを確認した。
「もう、だめじゃない。尻尾、みんなに知られたらどうするの。」
「おー悪ぃ!雪男が部屋に戻してくれたのか、サンキューな!」
「これからは気をつけてね。さ、朝ごはん食べに行こ?」
「おう!」
これからも、僕が、僕だけがそばにいるから。
眠る兄は姫だっこされまくっている、に1票。
勝呂は純粋だと思う。じりじりと愛を育んでいってほしいけど、そうはブラコンが許さないよね。
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