◎ 蝶と華(2/4頁)
「任務まで1時間ですから率直に行きましょうか。」
フェレス卿が指をパチンと鳴らせば、淹れたての紅茶が目の前に現れた。
「志摩廉造君。…とは、どんな人物ですかね、」
どくり、と心臓が強く脈打った。
「どう、して、…そんなことを、」
「可愛い末の弟の、淡い恋の相手ですから」
胸がざわめく。
恋、なんて。
そんな言葉で表して欲しくなかった。だって、兄さんは「ソレ」が恋だということすら気付いていないのだから。
言葉に詰まった僕に、ふふ、と楽しそうにフェレス卿が笑った。
「まぁ、貴方にとっては面白くないでしょうけれど。」
味の分からなくなった紅茶を喉へ流し込んでも渇きは癒えてくれなくて。
手が震えそうだった。心を暴かれていく羞恥心と、心を覗かれているような恐怖心。
「僕は、別に、」
「いいんですか?あなたの大事なお兄さんが彼に取られても。」
悪魔だと、思った。
僕が必死に押し殺していた感情を、蓋を剥いで抉って無理やり外へ放り出されるような。
カタ、と身を沈めていたソファから立ち上がった彼が、気付けば僕の真後ろに居た。
ソファ越しに、そっと両肩に手を添えられ、耳元に悪魔の囁きを聞いた。
「協力してさしあげますよ、奥村先生?」
*
祓魔塾の授業が終わり、伸びをして硬直していた背中の筋肉を伸ばす。
今日は訓練が無いからずっと机に座りっぱなしで、ずっと睡魔と闘っていた。
「奥村くん、見て!可愛ない!?」
ずいっと携帯を見せられて画面を覗くと、そこには楽しそうに写る志摩と、女の子。
「お、おー!クラスメイト、とか?」
ツキン、と一瞬冷たい硝子が刺さったように痛んだ胸に気付かないフリをしてそう返せば、志摩がそっと耳打ちしてきた。
(しまの、息が、)
実はな、と話出す志摩の声がすぐ近くで聞こえて、吐息が微かに耳にかかる。
「隣のクラスの子ぉやけど、この前の休みメッフィーランド行ってん。」
いたい、
ツキン、ツキン、
「坊にバレたらまぁた『お前の頭ン中は煩悩しかないんか!』ゆうて怒られるから、内緒な。」
にひひと楽しげに笑う志摩に、引き攣る頬をできるだけ上げて笑った。
いたい、いたい、いたい、
なんで?
考えてしまえば、答えが出てしまうような気がした。
出なくていい、きっと、この答えは。
「そ、っか!いいな、ずりぃ志摩!」
だいじょうぶ、痛く、ない。
「今度、ユイちゃんに友達連れてきてもろて、ダブルデートする?」
「あ、…いや、俺、は…」
笑顔のまま言い淀んだ俺に、志摩がはっとしたような顔をする。
志摩の視線が一瞬、俺の揺れる尻尾を捕えた。
「あ!俺買い物いかなきゃなんねぇんだ!わり、志摩!また明日な!」
ホッとした顔なんて、しないで欲しい。
「あ…、うん!奥村くん、また明日!」
ひらひらと手を振る志摩から、まるで逃げるように走って教室を出た。
せめて、志摩の話を聞けるくらいの友達で居たいのに。
じわりと微かに視界が揺らいだ。
「――兄さん?」
広い廊下の向こうから、雪男の声が聞こえた。
「どうしたの、兄さん。…何か、あった…?」
驚いたように雪男がこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「ゆ、きお、」
俺の顔を見て、雪男がサッと顔色を変えた。
零れていない涙を拭うかのように、そっと頬に触れられる。
じんわり伝わる熱が心地よすぎて、逆に涙がこぼれてしまいそうだった。
「ど、どうしたんだよ、任務は?」
「1時間くらいで終わったんだ。荷物置きに準備室寄ってきたとこだよ。」
「そっか、おつかれ!」
帰ろうぜ!と言えば、神妙な顔で手首を掴まれた。
「にいさ、「おや、お二人とも☆こんばんわ。」
音もなく、夕暮れの廊下の影にメフィストが現れた。
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