偽りの泪 (1/6頁)
「兄さん、もうお昼だよ。そろそろ起きて。」
明るさが少し眠りを浅くしていた時、いつもの雪男の起こす声が遠くから聞こえた。
「兄さんってば。」
「うー…あと…、っ」
あと5分。…そう言い終わらないうちに、呼吸を止められた。
正しくは、キスをされた。
「ぅ…!」
寝起きで混乱する頭で必死に考えながら、雪男を傷付けない程度の力で、ぐ、と胸のあたりを押し返すが、びくともしない。
これ以上力を入れても大丈夫なのかがわからず、結局シャツを掴むだけの抵抗になる。
「ふ、…起きた?兄さん。おはよう。」
その優しげな笑みに、一瞬で昨日のことを思い出して、逃げるように顔を背けた。
「お前っ…」
昨日のことをどう怒ればいいのか考えあぐねていると、雪男の手が俺のTシャツの裾にかかった。
「っなにす…ぶっ!」
ぐい、とTシャツを上にひっぱられ、首元が顔に思いっきり引っかかった。
いてぇ!と、抗議するより早く、ひやりとした雪男の手が脇腹に置かれ、喉がヒクリと鳴る。
「ゅ、ゆき…」
「今日はね、元々任務は入ってなかったけど、急に呼ばれるのも嫌だから。
体調悪いって本部に連絡入れといたんだ。
…今日はちゃんと集中して勉強しなきゃいけないから……兄さんがどこで気持ちよくなるのか。ね?」
ゆっくりと、まるでおとぎ話でも朗読しているかのように柔らかい声が信じられない言葉を紡ぐ。
「なに…言って…」
「…だって、今日は兄さんのことだけ考えてたいんだ…だから…兄さんも僕のことだけ考えてて。」
「ゆ、っ」
まるで喰われるかと思うほどの性急なキスに、昨日の記憶が鮮明に蘇る。
また、アレをするつもりなのか。
ビクリと無意識に体が強張る。
窓からは、この部屋で起こっていることが錯覚だと、夢だと思うような、穏やかな春の日差しが差し込んでいた。
「かわいい兄さん。大好きだよ。」
『兄さん』と呼ぶその声が本当に弟のものなのかわからなくなって、ただ、名前を呼ぶしかできなかった。
「ゆきお、」
「兄さんは、ただ気持ちよくなってくれてればいい。」
絶望を知らせる声だった。
Next→