六花の雫 (4/5頁)
き、と静かに扉が開く音がして振り向けば、雪男が驚いたような顔をして立っていた。
無意識にぽつりと名前を口にした瞬間、また涙がぼろぼろと溢れだした。
そんな俺を見た雪男は、くしゃりと顔を歪め、片手で顔を覆い俯いてしまった。
「、なんでだよ…っ」
雪男の悲痛な声が静かな部屋に響く。
「なんで、兄さんが泣いてるの。…なんで、僕のベッドにしがみついて泣いたりするの。なんで…っ、なんでだよ!!もうっ…期待なんか、させ、ないでよ…っ…」
覆った指の隙間から、ぽたぽたと水滴が落ちていくのが見える。
また、泣かせてしまった。悲しませてしまった。傷付けてしまった。
兄ちゃんが守ってやるって、誓ったのに。
「ゆきお…っ…なくな、…なくなよ…」
思わず駆け寄って頬に手を伸ばせば、顔を覆っていた手で逆に手首を掴まれた。
「触れないでって…言ったのに。触れたら我慢できなくなるからって、言ったのに!…っ何で…なんで近づいたりするんだよ…!!」
ざわっ、と心の中が揺らぐ。
ぎりぎりと締めあげられるような強さで掴まれている手首が、ひどく熱くて。
揺らいだ緑蒼色の瞳から零れる涙が、あまりにも綺麗で。
手首は痛いほどなのに、そこから流れてくる熱が自分の中のぽっかり空いた穴を埋めていくようだった。
「…がまん、しなくていいよ、ゆきお。」
気が付いたら、そう呟いていた。
自分の声が耳に届いてから、俺はようやく自分が何を言ったのか知る。
「何、言ってるかわかってるの…兄さん、」
「…わかってる、」
「解ってない!!」
雪男の言葉はあまりにも正しかった。
弟で居て欲しいのに、触れて欲しい。
相反する感情がぐるぐると自分の中で渦巻く。
独りはいやだった。
あんなに寒いのは、もう嫌なんだ。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「そうだよ…俺…ばかだからわかんねぇ…っもう、どうしたらいいのか、っなにも、わかんねぇんだ…っ」
そう言って、俺は掴まれていない方の手で、また雪男の頬に触れた。
「――っ…ずるい…なんだよそれ…っ。僕がどんなに、どれだけ…っ」
雪男の喉がひくりと動くのが見え、手首を掴んでいた指からするりと力が抜けてほどけた。
あぁ、また泣かせてしまう。一番泣かせたくないのに。一番守りたいのに。
赤くなった目尻から、また新しい雫がほろほろと流れていく。
そっと触れた涙はまだ温かく、俺の指を濡らした。
兄弟で泣きじゃくって、兄弟で迷って。
「雪男が、居ないと…っ寒くて仕方ないんだ…」
そう呟いた瞬間、しがみつくように雪男に両肩を掴まれる。その指は小さく震えていた。
「…兄さんのばか、っ、ひどいよ…」
伝わってくる熱がたまらなく心地よくて、そっと額を雪男の肩にうずめる。
答えが出ていないのに、答えなんて出ないのに。
雪男を迷わせているのは、俺なのに。
「ごめん、…俺、」
言いきらないうちに、肩を掴んでいた手が背中に回り、力強く抱きしめられた。
「兄さんが好きだよ。」
心が、歓喜で震えた。
拒絶するフリをして、本当は何より欲しい言葉だった。
「お、俺のこと…少しも、憎くねぇのか…っ」
「どうして?……まだ、神父さんのことで、自分を責めてるの…?」
雪男の言葉に、ズキンっと心臓が軋む。
「、それだけじゃ、ない」
俺のせいで魔傷を受けた雪男。
俺のせいで虐められていた雪男。
俺のせいで祓魔師の道に進まなければならなかった雪男。
俺のせいで父さんを奪われた雪男。
全部全部、俺のせいなのに。
「俺さえ、居なきゃ、…っ」
「何度だって言うよ。僕は、兄さんを愛してるよ。誰よりも、何よりも。昔も、今も、この先もずっと。」
俺の思考を、真っ白で温かい雪が、覆い尽くした。
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