ぽちゃん、
器に満たされていた水の中に、小さな石が落とされた。
水は器から溢れ出してしまった。
例えるなら、そんなものだ。
一度溢れ出してしまった水は、戻すことも止めることもできなかった。
渇望
兄さんは覚醒してから、異常に睡眠が深く、長くなった。
「もう、またこんな所で寝てる。」
僕の机の引き出しは開けっぱなしで、SQは兄さんの手から落ちて床に転がっている。
僕のベッドに凭れるように眠りに落ちている体を横抱きにし、ベッドの上へと横たわらせた。
それはまるで、神聖な儀式のように。
すうすうと寝息を立てる兄さんの表情は、とてもあどけない。
あの日から時が止まり、傷一つない体。
成長途中の不完全さすら美しかった。
そっと服を脱がせていく。
Tシャツを剥ぐと、腰下に手を差し入れて下着ごとハーフパンツを脱がせる。
纏う必要などないんだ。こんなもの。
「おかえり、僕の兄さん…」
脇腹から腰、太股を伝って足先まで指を這わせる。
小さく漏れた兄さんの吐息が、僕の熱を煽った。
触れた足の指にゆっくりと舌を触れさせ、小指から1本ずつ口に含んでいく。
「ん、ぁ…」
ぴくん、ぴくんと僕の口の中で小さく痙攣する兄さんの小指が可愛くてたまらない。
付け根を甘噛みし、唾液で包むように薬指も口内へと招き入れる。
そうして両足の指を全て丹念に舐め終えると、くるぶしから膝までを舐め上げた。
足を少しだけ折り曲げさせて、膝の裏側に舌を伸ばす。
「っあ…う、」
皮膚の薄いそこを舌を尖らせて舐めると、兄さんは僅かに身を捩る。くすぐったいのと快感の合間。
一番柔らかい太股の内側を唇で食みながら、じりじりと太股の付け根へと上がっていく。
軽く吸いついただけで「はぁっ、」と熱い吐息が聞こえ、同時にずくりと腰が重くなった。
「にいさん…」
自分のベルトを緩め、前を寛げた。
すでに自身は上を向いてそそり勃っている。
柔らかな肉に先端を擦りつけると、僕の先走りで兄さんの内股が濡れていく。
快感とは、禁忌と表裏一体なものだと思う。
目覚めることなく、僅かに固さを持ち始めた兄さんの性器を見て、僕は笑みを漏らした。
僕は自分に枷を架している。
兄さんの性器に触れていいのは、兄さんが目覚めた時だけだと。
直接的な刺激で起こしてしまうなんて、低俗すぎやしないか。
だから僕はそこに触れることはしない。
兄さんの性器にぎりぎり触れない距離まで舌を伸ばし、根元から先端まで、少しも触れることなく、なぞるのだ。
舌が震えるほどの興奮。渇望。
舐めてみたい、兄さんの性を僕の体内に取り込みたい――そんな欲を押し殺して、何度も何度も宙を舐めた。
僕の吐息がかかるたび、ふるりと戦慄くそれを口内に導けたら、どんなに恍惚なことだろうか。
湧き出る唾液を飲み込んで、僕は綺麗に浮き出た腰骨に口づけた。
恭しく手を取り、小鳥のような可愛らしいキスを指先に送る。
細い手首に流れる血管を舌で辿っていく。
兄さんの体はどこも滑らかで甘い。味覚で感じる甘さではなく、脳で感じるのだ。毒のような甘さを。
「は、ぁっ…にいさん…っ」
堪らなくなって、どくり どくりと脈を打つ、自分のものに手を添える。
先走りを竿に塗りたくるようにして、じゅくじゅくと右手で扱く。
糸を引いた先走りが、淡く色づく兄さんの胸の突起にぬとりと落ちた。
自身を慰めながら、兄さんの首筋に鼻を寄せる。
ボディソープの香りに兄さんの香りが混ざって、堪らなかった。
そっと耳の裏側まで舐めあげると、小さく兄さんが息を漏らす。
「兄さん…兄さん…兄さん…、」
ぺちゃぺちゃと呼吸を邪魔しないように唇を何度も舐める。
いつもは兄さんの胸に性を吐露して終えるのだが、今日は兄さんの唇を舐めるだけでは我慢できなかった。
かけたい。汚したい。
朱い唇が誘うように僅かに開かれていて、堪らず先端を下唇に擦りつけた。
何度も往復させて先走りを塗りつければ、グロスを塗ったようにてらてらとぬめる紅い唇から、小さな寝言が漏れた。
「ぅ、ん……ゅ、き、」
「――っ、」
びゅるっと勢い良く吐き出された白濁が、兄さんの唇も、鼻も、頬も、瞼も、額も、髪をも汚していく。
涙が出そうになるほどの、快感だった。