07 Etude-3 | ナノ


Etude(3/5頁)


「おかえりー燐くん」

風呂からあがって部屋に戻ると、俺のベッドに背を凭れ掛けさせるようにした金造さんが、雪男のSQから目を放さずにそう言った。

床には空になった缶ビールが3本。

「ただいま、です。それ、全部飲むんですか?」

6本で1くくりになっているそれからまた1本抜くと、プシッとプルタブを起こして飲み始める。

「うん、さっきコンビニ行ってきてん。あ、燐くんの飲みモンも買ってきといたで。」

英語が書かれたその飲み物のラベルを見ていると、金造さんが「甘いから大丈夫やで」と言ってくれたので、果物の画像が書かれているその缶ジュースを開け、飲み始めた。









金造さんは、志摩の小さい頃の話とかをいっぱいしてくれた。


俺の知らない志摩。

志摩と、金造さんの兄ちゃん。

家族。

幼馴染。

坊の母ちゃん。

京都の景色。


いろんなことを聞けて、ギターも弾いてくれた。


昼寝したのに物凄く眠たくなってきて、でもずっと話を聞いていたくて。

いっぱい教えて欲しい。俺の知らない志摩のこと。



「ほんま、燐くんは廉造のこと好っきゃなぁ。」

改めてそう言われて、顔に熱が溜まる。

風呂上がりだったせいか、顔だけじゃなく体中もぽかぽかしてきた。

優しい手で頭を撫でられて、余計に眠たくなってくる。


「…でも、燐くん残してオンナと旅行なん、酷いなぁ?」

そんな眠気が吹き飛ぶくらい、鼓膜から入った金造さんの声が脳みそを冷やした。

「…っあ、」

ぱたた、と水滴が零れ落ちる。

自分でもびっくりして頬を触れば、間違いなく自分の両目から零れているみたいだった。

「あ、れ…?なんで、」

涙腺が壊れたみたいに、悲しくないのに涙がぽろぽろと溢れては落ちていく。

悲しくない。

だって、知ってたから。

分かってたことだから。



「ええよ、泣いてもええよ。…燐くんはこんなけ好きやのになぁ。」

俺を溶かしてしまうほどに優しい言葉と一緒に、唇にあったかくて柔らかいものが触れた。

「っん、ぅ…!」

びっくりして仰け反るようにして頭を後ろに引くと、くらりと視界が揺れた。

動くたびに、脳みそが揺れるようにふわふわする。

「っ、き、んぞ…さ…っ」

ぬるりと熱くて苦い舌が口の中に入ってくる。

上顎を舐められて、舌を吸われて、耳のあたりがびりびりした。

「は、ぁう、」

ちゅぷ、と濡れた音がして、舌が離れていく。

「はは、燐くんかわええなぁ。顔真っ赤やんか。キスしかしてへんのに。」

「き、きす…したこと、ない…」

ぼうっとしたまま答えると、金造さんが驚いたような顔をして俺の顔を覗きこんできた。

「…は?廉造とは?」

「し、たこと………ない、」

自分でそう言って、みじめになった。


ふいに、志摩の彼女の顔が浮かぶ。

きっと、あの子は志摩といっぱいキスしてるんだろう。

志摩に愛されてるんだろう。


心臓のあたりが、痛くて痛くてたまらなかった。


「俺にしときぃや。いーっぱいキスもしたるし愛したるで。」


それは、体中に甘い痺れが走るほどに、甘美な言葉だった。

愛されたいと体中が叫ぶ。

それでも志摩が好きだと心が叫ぶ。

ぐちゃぐちゃになって、考えられなくて、ただぼろぼろ涙が落ちた。

格好悪い。最低だ。

「ひ、う…」

しゃくりあげながら泣きだしてしまった俺に、金造さんが何度もキスをする。


「何も考えんでえぇよ、…今は、俺に流されとき。」


「ぁ……っだ、だ…め、」

ぶるぶると流されそうな思考を振り払うように首を横に振ると、金造さんが笑う。

「…ほな、教えたるわ、フェラ。廉造フェラ好きやからなぁ…。燐くんが上手なったら、燐くんだけを見てくれるかもしれんで?」

その言葉に、何度も言われた志摩の言葉が脳裏に蘇った。


『奥村くんフェラだけは上手ならへんねん』


もし、上手くなったら、志摩は、俺だけを、見てくれる?

好きに、なってくれる?


「…っきんぞう、さん…」


喉から出た声は、まるですがるような音をしていた。



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