◎ Etude(3/5頁)
「おかえりー燐くん」
風呂からあがって部屋に戻ると、俺のベッドに背を凭れ掛けさせるようにした金造さんが、雪男のSQから目を放さずにそう言った。
床には空になった缶ビールが3本。
「ただいま、です。それ、全部飲むんですか?」
6本で1くくりになっているそれからまた1本抜くと、プシッとプルタブを起こして飲み始める。
「うん、さっきコンビニ行ってきてん。あ、燐くんの飲みモンも買ってきといたで。」
英語が書かれたその飲み物のラベルを見ていると、金造さんが「甘いから大丈夫やで」と言ってくれたので、果物の画像が書かれているその缶ジュースを開け、飲み始めた。
金造さんは、志摩の小さい頃の話とかをいっぱいしてくれた。
俺の知らない志摩。
志摩と、金造さんの兄ちゃん。
家族。
幼馴染。
坊の母ちゃん。
京都の景色。
いろんなことを聞けて、ギターも弾いてくれた。
昼寝したのに物凄く眠たくなってきて、でもずっと話を聞いていたくて。
いっぱい教えて欲しい。俺の知らない志摩のこと。
「ほんま、燐くんは廉造のこと好っきゃなぁ。」
改めてそう言われて、顔に熱が溜まる。
風呂上がりだったせいか、顔だけじゃなく体中もぽかぽかしてきた。
優しい手で頭を撫でられて、余計に眠たくなってくる。
「…でも、燐くん残してオンナと旅行なん、酷いなぁ?」
そんな眠気が吹き飛ぶくらい、鼓膜から入った金造さんの声が脳みそを冷やした。
「…っあ、」
ぱたた、と水滴が零れ落ちる。
自分でもびっくりして頬を触れば、間違いなく自分の両目から零れているみたいだった。
「あ、れ…?なんで、」
涙腺が壊れたみたいに、悲しくないのに涙がぽろぽろと溢れては落ちていく。
悲しくない。
だって、知ってたから。
分かってたことだから。
「ええよ、泣いてもええよ。…燐くんはこんなけ好きやのになぁ。」
俺を溶かしてしまうほどに優しい言葉と一緒に、唇にあったかくて柔らかいものが触れた。
「っん、ぅ…!」
びっくりして仰け反るようにして頭を後ろに引くと、くらりと視界が揺れた。
動くたびに、脳みそが揺れるようにふわふわする。
「っ、き、んぞ…さ…っ」
ぬるりと熱くて苦い舌が口の中に入ってくる。
上顎を舐められて、舌を吸われて、耳のあたりがびりびりした。
「は、ぁう、」
ちゅぷ、と濡れた音がして、舌が離れていく。
「はは、燐くんかわええなぁ。顔真っ赤やんか。キスしかしてへんのに。」
「き、きす…したこと、ない…」
ぼうっとしたまま答えると、金造さんが驚いたような顔をして俺の顔を覗きこんできた。
「…は?廉造とは?」
「し、たこと………ない、」
自分でそう言って、みじめになった。
ふいに、志摩の彼女の顔が浮かぶ。
きっと、あの子は志摩といっぱいキスしてるんだろう。
志摩に愛されてるんだろう。
心臓のあたりが、痛くて痛くてたまらなかった。
「俺にしときぃや。いーっぱいキスもしたるし愛したるで。」
それは、体中に甘い痺れが走るほどに、甘美な言葉だった。
愛されたいと体中が叫ぶ。
それでも志摩が好きだと心が叫ぶ。
ぐちゃぐちゃになって、考えられなくて、ただぼろぼろ涙が落ちた。
格好悪い。最低だ。
「ひ、う…」
しゃくりあげながら泣きだしてしまった俺に、金造さんが何度もキスをする。
「何も考えんでえぇよ、…今は、俺に流されとき。」
「ぁ……っだ、だ…め、」
ぶるぶると流されそうな思考を振り払うように首を横に振ると、金造さんが笑う。
「…ほな、教えたるわ、フェラ。廉造フェラ好きやからなぁ…。燐くんが上手なったら、燐くんだけを見てくれるかもしれんで?」
その言葉に、何度も言われた志摩の言葉が脳裏に蘇った。
『奥村くんフェラだけは上手ならへんねん』
もし、上手くなったら、志摩は、俺だけを、見てくれる?
好きに、なってくれる?
「…っきんぞう、さん…」
喉から出た声は、まるですがるような音をしていた。
Next→