◎ Etude(2/5頁)
「おっそ!!」
「っきん、ぞー、さっ…すみ、ま、せっ…」
びっくりするくらい息を切らして走ってきた燐くんが、肩で息をしながら謝ってくる。
ツッコミがてらの言葉のつもりだったのだが、西の言葉はどうもキツく聞こえるらしい。
「別に起こっとらんよー。ほな、飯いこか。」
「へっ…??」
素っ頓狂な声を上げる燐くんを無視して歩き出すと、とことこと後ろを付いてくる気配がした。
「あ、あの、また、遠征ですか…?」
びくびくしたような声音に小さく笑みが漏れる。
「んー…燐くんに会いにきてん。」
「…え?」
呆けたような声に、振り返って顔を覗きこむようにすると、燐くんは少し吃驚して後ずさる。
「昨日、廉造が地元帰ってきよってなぁ…。オトモダチ連れて。」
ひくり、と喉が震えたのを見逃さなかった。
(やっぱり、知ってるんや。)
「あ…、勝呂と子猫丸も…!京都…に、」
しどろもどろになって話を逸らそうとするのが可愛らしくていっそう苛めたくなる。
(泣きそうやんか。…泣いてまえ。)
俺の希望なんて知る由もない燐くんが、くしゃりとへたくそに笑う。
健気すぎてイラっとする。
その視線の先が常に自分の弟にあることも。
(オンナと旅行しとんの知ってんねやろ。)
昨日、坊と子猫丸とは別に、廉造と、廉造の腕に白い腕を絡ませる女の子が京都に来た。
えらいべっぴんさん。
誰だと聞くとオンナ、と短い答えが返ってきた。
なんや、自慢か。
ケッ、と返事とも言えない返事を返すと同時、ふと燐くんの顔が思い浮かんだ。
あの子は、知っているんだろうか。
知っている、気がする。
坊や子猫丸も京都に居て、燐くんの優秀な弟くんも支部に泊まり込みのはず。
独りで泣いているんだろうかと考えたら、ぞくぞくと背中に甘い痺れが走った。
「燐くん、何食いたいー?」
「え、いや、俺は金持ってないし…」
怯えるようにきょろきょろする奥村くんの頭にポンッと手を置いて、安心させるように髪を梳く。
「そんなん奢ったるさかい、な?」
「じゃ…じゃあっ、す、スーパー行きませんかっ?」一世一代の告白みたいに緊張した声で、発せられたのは意味不明な言葉。
「あの、俺作るんで…材料買うお金ないんですけど…っ…いや、寮にはあるんで後でちゃんと返します!あの、その方が、金かかんねぇし…き、金造さんが、よければ、なんですけど、…っ」
(…ほんま、びっくりするくらい阿呆やな。)
1カ月も前とはいえ、あれだけ酷いことをされた人間を家に誘うだろうか?
おそらくこの子はそんなこと微塵も考えていないだろうけど。
「燐くんて料理するんや?」
「あ…えと、和食と洋食なら、そ…そこそこ、」
「ほな、作って。燐くんの手料理食べたい。」
にこりと笑ってそう言うと、ぱああと顔を明るくして「がんばります!」と無邪気に笑った。
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「…うん、フツーにびっくりしたわ。旨すぎる。」
最近外食続きやったしな、と思いながら和食をリクエストすれば、サクサクと買いものをしてぱっぱと作って出来あがったものが、京懐石並みの完璧な和食。
唯一買ってそのままテーブルに並んだ刺身さえ、きちんと皿に盛り付け直されていている。
「へへっ…よかったぁ…」
「店開けんで、マジで。」
嬉しそうに足をパタパタさせながら子供みたいに無邪気に喜ぶ燐くんに、こっそり心の中で謝ってみる。
だって、俺は燐くんに酷いコトしに来たんやもん。
(でも今日はちょっと優しくしたろ。)
こんなに旨い飯を食ったのは久しぶりだから。
「燐くん、今日泊まってってもええ?」
「あ、はい!部屋ならいっぱいあるんで!」
ずれた返事をにこにこ聞きながら、俺は魚の煮付けに箸を伸ばす。
(部屋なんか用意する必要あらへんのになぁ)
ちら、と鞄に目をやる。
ギターケースと、着替えの入った鞄と。
結構大きめの鞄の中には、3日分の着替え。
(その他は、ぜーんぶ燐くんを楽しませるためのオモチャ、入っとんねんで。)
そんな真実を伝えれば、どんな顔をするだろうか。
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