溶けた理性 (1/5頁)
明日の塾のプリントを作っていると、隣で全く課題が進んでいない様子の兄さんが、ふと小声で喋り出した。
「なぁ、雪男、お前……その、好きな子とかいねーの?」
昨日の今日でよくそんな話題振ってこれたね。そう、言いそうになった。
何を思ってそんな話題を振ってきたのかと、隣を見たが、兄さんはノートに顔を落としたままだったので、どんな表情かは分からなかった。
「…何なのいきなり」
また不安気に揺れている尻尾を一瞥して、パソコンに視線を戻す。
「いや、お前、しえみのことが…すき、なんじゃねぇの?」
「しえみさんは用品店の娘さんで、僕の生徒だよ。」
何の感情も込めずにそう返すと、兄さんはくってかかるように言葉を荒げた。
「お前!生徒とか、塾の中だけのことだろ!しえみ自身のこと見てやれよ!」
何で兄さんが怒ってるのか全く理解できない。
むしろ、今日、なんでしえみさんの話題になるの?
昨日なんでキスしたんだ、って怒ればいいのに。
それともしえみさんの代わりだとでも思ったの?
あぁ、もう。やめてよ兄さん。
折角固めたこの胸のドロドロが、また嫌な音を立てて溶けだしていく。
「しえみさんのことが好きなのは、兄さんの方じゃないか。」
そう、言い放つと、兄さんは一瞬で誰が見ても分かるくらいに顔を赤くした。
「違っ!しえみは、ともだち、だ!」
自分でもぞっとするくらいの、怒りが全身を駆け巡った。
胸を覆っていたドロドロは、全て溶け落ちてしまった。
そこに残ったのは、残忍なまでの、本能。
無言で立ち上がって兄さんの右腕を掴んで、壁際のベッドに突き飛ばした。
「って!…ッッ!!」
文句を言おうとした口を、己のそれで塞ぐ。
もう何も言わないでよ。
僕の理性を溶かす言葉なんて。
「っゆき、お」
「うん。兄さんは僕の名前だけ呼んでて。」
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