む心臓 (3/4頁)

ピピピピ…と、目覚ましが規則的な音を鳴らす。

違和感に目を向けると、いつもは爆睡しているはずの兄さんの姿がなかった。

眼鏡をかけ、階段を降りて洗面台に向かう。

ふと、下の階から味噌汁のいい匂いがしてきた。


「ゆ、雪男!おはよ!今朝は俺が作ったんだぜ!」

「そう。懐かしい匂いがすると思った。」

ご飯と味噌汁をよそいながら、ちらちらとこちらを見てくる燐に、気づいていないフリをする。

尻尾は不安げに不規則に揺れていて、しどろもどろに喋る所から見て、昨日のことを覚えてるんだろう。

「あ、そういえば、昨日しえみから電話があったぞ。」

「…それで?」

「雪ちゃんに電話がつながらないんだけどーって。」

少しだけ、どろどろした部分が消えてくような気がした。

「昨日の現場は電波届かない場所だったから。ごめんね。しえみさんにも謝っとくよ。」

「いや、なんとかっていう薬草?届いたから、ってさ。それだけみてぇ。」

「ほんと、もうすぐ候補生認定試験なんだから、薬草の名前くらい覚えてよね、兄さん。」

呆れ顔でそう返すと、「さっきまで覚えてたんだっつーの!」といつものようなやりとりになった。

あからさまにホッとした表情の兄さんに、またドロリと心臓のあたりで何かが溶ける音がした。

(また、あの顔が見たいな)

驚きと不安と怯えと。

でも、あの顔はこの平和な現実と引き換えになる。

だって、僕のためにお弁当を作ったり、笑ってくれる兄さんも好きだから。

(困ったな)



「そろそろ仕度しなくちゃね。」

「おぉ!ちょっと待ってろ、弁当包むから。」


こうして、気づかないフリで、いびつな兄弟関係を続けてきた。


だって、兄さんにキスをするのも、それに兄さんが気づいたのも、

今回が初めてではなかったから。



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