◎ ひらり、欲情(1/3頁)
「おはよう、兄さん?」
雪男の声が、ゆらゆらと意識の底を漂っていた俺を引きずりあげてくる。
「ん、う、」
ぐらぐらする頭のまま、ゆっくりと目を開ければ、視界には、自分の腕と、机。
「…あ。」
「起きた?」
やべぇ!また寝ちまった!と。いつものようにそう思ったのは僅か一瞬で、ガタンと椅子を揺らして飛び起きたと同時、その違和感にすぐ気付いた。
「な…な、っ」
なにやらスースーすると思って自分の足元を見た瞬間、ぎょえっ、と変な声が出た。
「ふふ、可愛いでしょ。」
にこりと笑う目の前の弟が、意味の分からないことを言っている。
なんで普通に、いや、普通はダメなのかもしれないけど、授業中に居眠りして起きたら女子の制服着てんだ!?
しかも、パンツ、履いてない。
「お前っ…!俺の制服…とパンツ、どこやった!?」
そう言ってぎろりと雪男を睨んでみても、「さぁ?」とか言いながら平然とした顔で俺の寝癖を直している。
「へんたい!」と罵ってやれば、笑顔で「ありがとう」と返された。
「褒めてねぇ!!」
「だって兄さん、起きないんだもん。」
まったく罪悪感なんてなさげに、そう言い放つ弟をげんなりした顔で見上げれば、スッと細められた目が、怒りを含んで笑った。
「毎日居眠りばかりで。…いい加減にしないと本気で怒るよ?」
マジ切れ寸前の低い声でそう言われて、思わず肩がビクリと跳ねる。
変態のくせに!…とは言えなかった。
「だ、だって、なんか授業ってムショーに眠く…、」
「言い訳しない。」
ダンッと言葉を遮るように大きな音を立てて机に手を置かれて、吃驚して吸い込んだ空気が、ひぇっ、と喉で情けない音を鳴らした。
「ご、ごめんって!明日からがんばるから!な?」
やばい、やばい。あと一言、ここでホクロ眼鏡とでも言うだけで雪男の血管はプッツンしてしまう。
できるだけ雪男のこめかみの血管に優しい言葉を並べてみれば、にっこりと笑顔になった雪男が口を開いた。
「その格好のまま歩いて帰るのと、僕の言うことちゃーんと聞くの、どっちがいい?」
きっと、どっちを選んでも正しい答えじゃないことを、俺は嫌というほど知ってる。
「う゛…ゆきおの、言うこと、ちゃんと…聞く。」
こっそりポケットを服の上から触ってみたけど、どうやら俺の鍵も雪男が持っているらしい。
さすがにノーパンで女子の制服着て外を歩けるほど、俺は変態じゃない。
観念したようにそう答えれば、ようやく本当の笑顔に戻った雪男が、楽しそうに笑った。
「ふふ、いい子だね。」
かしゃ、と眼鏡を外した雪男の顔がゆっくりと近づいてきて、俺は思わず受け入れるように少し首を傾けてしまった。
違うんだ。じょーけんはんしゃ、ってやつなんだ。
ちゅ、ちゅ、と雪男にキスをされながら、なぜか言い訳してみる。
「ふ、ン…」
座ったままの俺を覆うように、真上からキスされて、とろとろと唾液を流しこまれる。
雪男は俺に唾液を飲ませるのが好きらしい。
そういう俺も、飲み込んでるうちに変な気分になってくる。
「んぁぅ、っぁ」
雪男は俺の顎を伝う、零れた唾液を指で掬うと、その濡れた指を耳の中に突っ込んできた。
耳の中、鼓膜のすぐそばで ぐちゅぐちゅって音がして、もうだめだ、と思った。
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