ボーダーライ (5/5頁)

愛を押し殺して震える体を割り開けば、兄さんは親を見失った小鳥みたいに、ぴいぴいと僕の名前を紡ぎ続けた。


ほら、僕に名前呼ばれてイっちゃうなんて、僕のことが好きだって証明しているようなものだ。
そうでしょう、兄さん?


涙を吸って重くなったネクタイを外してやると、眩しそうに顰める蒼い瞳が、虚ろに僕の手を見ていた。

その視線が僕の腕を辿って上がってくる。

兄さんの左足を掴むと、正常位にするためにぐるりとその体を回転させた。

「あぁあああっ!?」

ぐじゅっと兄さんと繋がったところから卑猥な音が立つ。

深い蒼の双眸が僕を捕えて「あ」と小さな声が漏れた瞬間、きゅうきゅうと内壁が歓喜に僕を締めつけるのが分かった。

猛ったままだった自身を入り口ぎりぎりまで引き抜くと、ピストンを再開する。

頬に朱が差し、喘ぐ兄さんは何よりも美しかった。

「は、あぅっ、あ、あっ」

「燐、燐…っ」

反った背に手を回し、掻き抱く。
キツく抱きしめると、しがみ付くように僕の背にも兄さんの腕が絡まった。

「あぁ、あぐっ…んぁ、あぁあア――!!」

兄さんの2度目の絶頂に、僕も最奥で熱を吐き出した。





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抱きしめられている腕は、自分の腕よりも太くてがっしりとしていて、安心感さえ与えてくる。

気持ちいい。たまらなく。
この安楽に呑まれたいとさえ思うほどに。


けれど、この快感を与えているのは、雪男なのだ。
『弟』なのだ。

ぎりぎりのところで、まるで崖に引っ掛かっている程度の理性を必死で手繰り寄せる。


このボーダーラインを越えてしまえば、雪男はきっと弟じゃなくなってしまう。

拒むように雪男の胸に押しあてたはずの手は、ただ早い鼓動の音を聞くために伸ばしたように無意味で無力だった。


逃げないで

拒否しないで

嫌わないで


雪男の声が何度も頭の中にこだまする。

向かい合って抱きしめられたまま、俺は雪男を見上げた。

柔らかい表情で、慈しむような表情で、雪男は俺を見る。


「愛してるよ、燐…」


額に口づけを落とされながら、雪男が紡ぐ。

じわりと胸に温かいものが広がって、それを必死に否定する。


こんなの、間違ってるんだ。

俺は兄ちゃんなんだから、ちゃんと、止めないと。


雪男の腕から抜け出すように、だるい体を起こす。

不思議そうに見上げてきた雪男も、同じように体を起こした。


ひやりとした外気が熱を冷やすように俺たちの間に流れ込む。

「お、俺は…っ」

「うん、」

促すように髪を撫でられる。

優しすぎる雪男の眼差しが辛くて、俺は俯いた。


「俺は、雪男と、…兄弟でいたい。」


耳に触れていた雪男の指が、ぴくりと小さく跳ねて、離れていった。


「もう、やめよう。こんな、こと…っ」


声が震える。また酷いことをされるかもしれない。
だけど、どんどん『弟』じゃなくなっていく雪男に、もう耐えられそうになかった。

たった一人の家族すらも、消えていくようで。


ぱたた、と。

俯いていた俺の視界に、水滴が落ちてきた。

驚いて見上げると、茫然とした表情で、雪男が涙を流していた。

ズキンッと刺すような強い痛みが胸に走る。

「ゆき、っ」

泣くな、と頬に手を伸ばし、次々と零れる涙を何度も拭う。


「…ひどいね、兄さんは。こんな風に僕に触れるくせに。」


雪男は俺の手から逃げるように顔を背けると、部屋を出て行った。

自分の手を見降ろす。
雪男の涙で濡れた手。


「ごめっ…ごめん、ゆき…」


馬鹿だ。

こんな風に雪男を傷付けるのなら、最初から受け入れるべきじゃなかった。

一度だって、受け入れるべきじゃなかったんだ。





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