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頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。
ただ気持ちいいだけだった雪男の手が離れたと思ったら、先端にぬめった何かが触れて、ソレが何かを考えているうちに思考回路が焼き切れた。
尿道を熱い液体が這い戻ってきて、まるで中から焼かれるようだった。
怖くて怖くて、必死に逃げようともがくけれど、暗闇ではどこに逃げればいいのか分からずに、ただ手はシーツを掴むだけ。
それでもその手の感覚だけを頼りに足掻けば、足首を掴まれてずるずると体はシーツの上を滑った。
仰向けにされて両手をシーツに縫い付けられると、熱い体に圧し掛かられる。
両手首を押さえているのは、雪男の両手だ。
皮膚が視覚の代わりをするように情報を脳に送り込む。
「や、やめ…っ、ゆきっ」
「逃げない、よね?」
いつもより敏感に雪男の声を拾う耳が、その言葉の「意味」を思い出させた。
嫌いにならない。
拒否しない。
――逃げない。
雪男との『約束』。
まるで条件反射のように、両手から力が抜けて行く。
「ねぇ、兄さん…僕から、逃げたり、しないよね…?」
そして俺の耳に、不安そうな雪男の声が届いた。
ひどい、そんな、声で。
「し、な ぃ、」
「ん?」
「に、にげ…ない、」
声が震えてるのが自分で分かった。
『逃げない』と誓うことは、逃げたくなるようなことをされるということだ。
この数週間でいやというほど思い知らされた。
「うん、いい子。」
子どもか動物のようによしよしと頭を撫でられ、すっと手が離れて行く。
ギシリとベッドが軋む音に体を固まらせたものの、次に聞こえた音は扉が開く音だった。
「ちょっと待っててね、兄さん。」
そして扉は静かに閉められた。
暗闇の中、無意味に首を動かして辺りを見回してみる。
手足は自由なのに、俺はベッドの上から1歩も動くことが出来なかった。
「ゆ…き…?」
小さく名前を呼んでみる。
返事は帰ってこなかった。
どこ行ったんだろう。
ちょっと待ってて、ってことは、帰ってくるってことだ。
視界を塞ぐ包帯に手を掛けて、躊躇ったあとで解くのをやめた。
解いて、逃げればいい。なのに出来ないのは――『約束』のせい、だけだろうか。
手さぐりでシーツを探ると、零れた雪男の精液を吸いこんだシーツが冷たくなっていた。
「――っ、」
さっきの強烈な快感が一瞬で思い出されて、ぶるりと背筋が震える。
あんな恐怖に近い快感、いやなのに。
だんだん自分がおかしくなっているような気がして、手さぐりで見つけた布団を引き寄せるとそれに包まった。
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兄さんは『約束』を守るだろう。
暗闇の中で怯えながらも、独りで僕が戻ってくるのをひたすら待ってるんだろう。
僕のことだけを考えながら。
閉じた扉に背をもたれかけさせ、小さくほくそ笑んだ。
最後の、賭けをしよう。
僕を、選んで。
――燐。
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