独占欲





大切に運んで、

大事に守って、

安らかに、何も知らず眠ってくれればいい。

僕の、いとしいひと。






ドンッ、と。

ひとの身体に風穴があく音を聞いた。

そうか、ひとの身体ではないのか。

僕の、僕の、いとしいひとは。







「兄さん…!」

人間からは程遠いスピードで閉じていく傷。

自嘲する兄さんに、どう答えていいのかわからなくなった。


きっと、あの時本当にネイガウス先生に刺されていたとしても、兄さんは死ななかっただろう。

でも、嫌なんだ。兄さんが傷付けられるのは。たまらないくらい、いやだ。

そして、どうせすぐ治ると、自分の身体を盾に使う兄さんも。


傷付けられるくらいなら、閉じ込めておきたい。

だれにも傷付けられないように。

僕だけが愛してあげられるように。


そんな僕の絶対零度の思考は、しえみさんが来たことによって『日常』に引き戻された。







「あとは僕が看るから」と、しえみさんを部屋に戻し、血まみれの服のままで居させるわけにもいかないので、部屋に戻って兄さんを着替えさせる。

「何かきもちわりーから、もっかい風呂入ってくる!」

「そう。それじゃあ僕もまだだったし入ろうかな。」

「おー、行こうぜ!」

まるで何もなかったかのように、笑いかけてくる兄さんは、別に無理をしている風でもなく、尻尾もゆらゆらと穏やかに揺れている。

まるで傷付けられることになど、もう慣れているかのように。

「兄さん、今日は部屋から出るときはちゃんと尻尾隠してね。」

「うお!そうだったな。」

ひゅひゅ、と器用に身体に巻きつけるのを確認し、部屋を出て階段を降りていくと、下の階に人の気配がした。

「あ!奥村くんと若先生ですやん。あ、せや。寝るまでこっちの部屋こおへん?」

シャコシャコと歯を磨きながら、志摩君が声をかけてきた。

「行く!行こうぜ雪男!」

遠足に行く子供のように、弾んだ声。

確かに、小学校も中学校も修学旅行にすら行っていない兄さんにとっては、「友達の部屋に遊びにいく」なんてことは人生で初めてのイベントだろう。

「シャワーだけ浴びて、行ってきたら?僕は昨日のテストの採点が残ってるから。」

「じゃ、じゃあ10分後に行く!」

そう行って走って浴場へ向かってしまった兄さんを目で追いながら、

「志摩君、1時間ほどしたら部屋に戻るよう言ってもらえますか?いつもはもう寝てる時間なので。」

「なんや若先生、オカンみたいやなぁ」

「…放っておくと、無茶しかしませんから。兄さんは。」

「とかゆうて、兄離れ出来てへんのは先生の方やったりちゃいます?」

「ははっ、…じゃあ、また明日。」

見透かされたような気がして、胸がざわついた。

そんな、簡単な感情じゃない。これは。


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