独占欲2



※短編『独占欲』続編



上の空で授業を聞いてなかった、なんて。

今までそんなことなかった。


自分の手の平を眺める。

奥村燐という一人の人間をこの腕で抱えたあの日から、俺はおかしい。


「なんやねん、これ…」


ぎゅう、と強く心臓のあたりを掴めば、シャツがくしゃりと手の中で音を立てた。





俺は全く追いつかなかった板書を写していて、斜め前では元凶である奥村がすやすやと眠っている。


かた、と小さな音を鳴らして席を立つと、奥村にそっと近づいた。


机の上に投げ出された手首は細く、その浮き出た骨にそっと触れてみる。


ひどく熱い気がした。


ひたり、ひたりと手首から腕へ、肘の内側、二の腕へと触れていく。

肩を伝って細い首筋へ。


「――っ」

柔らかい頬に辿り着いた時、自分の血がざわめくのを感じた。

は、と小さく吐いた自分の息が、紛れもない熱を孕んでいて思わず歯を噛みしめる。


「おく、む、ら…」


そっと、白い頬から指を滑らせて、淡く朱色の唇にたどり着くと、んん、と小さく寝言を漏らした。

奥村が身じろいだせいで、俺の人差指が上下の唇に僅かに挟まれる。

(っ、やらか、…)

かさついた自分のそれとは違う感触に、どくどくと心臓が高鳴る。


触れて、みたい。


単純な好奇心だ。そう、ただの。

言い訳だと自分で分かっていながら、それでも言い訳しないと、この感情に説明なんてつけられないと思った。

少しずつ、近づいていく距離。

す、と人差し指を離すと、体温が伝わってきそうな距離まで近づいた。


僅かに開かれた唇から、すぅすぅと漏れる吐息が自分の唇にかかり―――――


「なに、してるんですか?…勝呂君」

「―――!!!」


ガタンッと、のけ反るように上体を思いっきり反らせて声のした方を振り返れば、柔らかい笑みをたたえた『彼』が立っていた。

自分が知っている、『彼』の形をしているのに、見たこともない眼で。

「お、くむら、せん、せ…」

喉がカラカラに乾いて、情けないほど掠れた声が出た。


冷たい視線が外されないまま、『彼』が奥村にゆっくりと近づいていく。

「ふふ、また寝ちゃったの?兄さん。」


小さく笑った『彼』は、俺が指先だけで触れた柔らかい唇に、躊躇いも無く自分のそれを落とした。

「、ッ!」

なんで俺が息を詰めなければならないのか。


「ん、ん…」

小さく喉を鳴らした奥村に、先生がゆっくりと口を離して、今度は目尻に、そして耳元に。

「ん、っゅ…き…?」

「おはよう、兄さん。」

ちゅ、と可愛らしい音を立てて、また頬に口づけを落とすのを、俺はただ茫然と見ていた。


「んー…あれ、おれ…」

おそらく、家族だけに見せる、完全に気を許したような、舌っ足らずな声が鼓膜を揺らす。


目を覚ました奥村に特別驚くわけでもなく、その頬に、髪に、何度も口づけ続けているその光景は、まるで映画を見ているかのように、自分だけが切り離された空間に居るように感じさせる。


「もう片付け終わったし、任務入らなかったから…、今日は一緒に買い物行こう?」

「ん、今日、なにたべたい?」

「兄さんが作るものなら、なんでもいいよ。」

ふわふわと、いびつな兄と弟の会話を聞きながら、まったく理解できないでいた俺に、漸く気付いたらしい奥村が、寝ぼけ眼で俺を見た。

「あれ?…すぐろ?」

慌てもせず、何してんだ?と普通に聞いてくる奥村に、今の出来事がこの2人にとって『普通』であることを示していた。


「いや、俺は…」

ちら、と奥村先生の方を見れば、冷たい笑みを浮かべたままこちらを見ていて。


「俺は、っ、忘れ物…を、」

「へー勝呂でもそんなことあんだな〜」

屈託なく笑う奥村に、思わず目を反らしてしまう。

「兄さん、帰ろう?」

するりと腰に回された腕には明らかに兄弟愛以外の熱が籠っているというのに、奥村は全く気付く様子がない。

「おう!じゃーな、勝呂!」


「…さよなら、勝呂君。」

あの時と同じだ。

誰一人、何一つ、寄せ付けない。

触れさせないような、冷たくて柔らかい笑みで。


パタン、と扉は閉じられた。


「…っ、は、」

知らずのうちに止めていた呼吸を再開させると、自嘲したくなるほどの震えた息が漏れた。

恐怖すら感じるほどの、執着。


『彼』は――奥村先生は、アレを『兄弟愛』と呼ぶんだろうか。


「そんなんやないってことくらい、気付いてはるんやろ、…先生、」

扉の向こう、けれど、この声の届かない場所へと帰って行った『彼』に。


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