◎ 恋の心音(2/5頁)
「そういえば、志摩の兄ちゃん達には会ったけど、志摩の家って行ったことねーよな!楽しみ〜!」
なんてうきうき遠足気分の奥村くんの言葉に、柔兄と金兄の存在を思い出す。
(しまったぁぁぁああ!!)
「お、奥村くん!俺、浴衣やっぱりえぇわ。奥村くんだけどっかで着替えて行こ?」
ぴたりと止まった歩みに、不思議に思って顔を覗くと、しゅんとした顔の奥村くんが居た。
とてつもない罪悪感。
「志摩の家…行ってみたかったのに…」
ぽそりと悲しそうな声が小さく耳に届く。
「まだ時間あんのに…」
さらに拗ねた声でそう呟かれる。
「やっぱ俺のことなんか家族に会わせたくないよな、」
一人で納得して悲しそうに笑った奥村くんを、思わず抱きしめる。
「ちゃうねん!そうやのうて、」
奥村くんのことは「未来の僕の嫁さんです。素直でかいらしぃて、料理が上手ぁて、もう堪らんのです。」と言って地元のみんなに紹介して回りたいくらいだ。
「う…うちにはな、悪魔が2匹住みついとるんや…」
途切れ途切れにそう言えば、奥村くんが「えっ、大変じゃん」と本気で心配してきた。
「いや…なんていうんやろ、京都特有の退治でけへん悪魔でな、うん。そいつらに奥村くんを合わせたぁなかってん…」
嘘はついていない。
まさにあの兄たちは、退治できない悪魔だ。
「そ、そうなのか?大変だな、京都って。」
「うん、ほんま大変…」
今から鉢合わせするだろう、二人の兄の顔を思い浮かべれば、情けない声が出た。
「…ただいま…」
できるだけ声が響かないように、こっそりと玄関の扉を開ける。
「お、おじゃまします!!」
(奥村くんのあほぉぉぉお!!)
よく通る声で、律儀にも元気よく挨拶してくれた奥村くんに、熱が出そうになる。
「え、奥村くん?」
「おわっ!燐君やんかー!」
バンッと奥の障子が開いて、柔兄と金兄が顔を出す。
(ちょ!金兄なに調子乗って燐君とか呼んでんねん!シバくでほんま!)
ギリッと奥歯を噛みしめたものの、小さい頃からのトラウマでシバくどころか、シバくと声に出して言うことすら出来ない。
「柔造さん、金造さん、こんにちは!」
「た、ただいま…いや〜すぐ、出るんやけどな!」
さっさと着替えて1秒でも早くここを出たい。
この悪魔の巣窟を。
「時間ないし着替えよか、な、奥村くん!」
「おう!志摩の浴衣姿、早くみたい!」
キラキラと楽しそうな表情が可愛らしすぎて、思わず頬が緩む。
「こっちこっちー」
部屋へと案内すると、別に普通の、むしろ古臭いとも言えるその和室を見て、奥村くんが「おぉ〜!」と声を上げた。
「な、見ても感動するような部屋ちゃうやろ、」
「え、するよ。だって志摩が小っさい頃からここで生きてきたんだろ。」
消しきれなかった壁の落書きや、机に触れて、そんな愛おしそうに言われたら、やっぱり連れてきてよかったと思った。
「それに、志摩の匂いがする」
へへ、と笑う奥村くんを、思わずぎゅうと抱きしめた。
(そんなこと言われたら、あかん…!)
ドキドキと跳ねる心臓に、反応してしまいそうな下半身をどうにか制すると、奥村くんが不思議そうな声音で、「どした?」と聞いてきた。
「ううん、…なんか俺の部屋に奥村くんが居るて、不思議な感じやなぁって…確かめてみたなって。」
どういう理由やねん、と心の中でセルフつっこみすれば、奥村くんが背中に手を回してくれた。
「確かめなくても居るに決まってンだろ!」
「おくむらく…!」
「何いちゃついとんじゃ廉造ォー」
バンッと開かれた障子の向こうから、またもや悪魔が現れた。
「奥村君、浴衣とか着慣れてへんやろ〜手伝ぅたろか?」
「え、あ、ありがとう、ございます!」
「燐君、尻尾触らしてぇや」
「ふぎゃ…!?」
服を脱がしていく柔兄に、やらしい手つきで尻尾を撫でる金兄。
「ちょ!ええ加減にしてや二人とも!!」
自分の手以外で、奥村くんの白い肌を曝されるのが我慢ならなくて、思わず叫ぶけど、にやにやと二人は不敵な笑みを浮かべているだけだ。
「俺は着替えさしたってるだけやで?なぁ奥村くん?」
「え、ッあ、はぃ…っ」
二人の手にぴくぴくと反応する奥村くんを取り返すべく、間に割り込んだ。
「俺の奥村くんに、触らんとって!!」
「…!し、ま…!」
「…ふーん。ほんなら、帰ってきたらまた着替えさしたるわなぁ」
そう言って去って行った悪魔二人…いや、二匹の背中を見送りながら、小さくため息を吐いた。
(…ぜっったい浴衣のまま帰ろ。)
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