◎ 恋の心音(1/5頁)
「なぁ奥村くん、明日、京都行かへん?」
明日の日曜日、地元・京都で近所の夏祭りがある。
結構大きなお祭りで、花火が綺麗で盛大なのだ。
きっと、奥村くんが見たら眼をキラキラさせて見上げるだろうから。
見せてあげたいのと、そんな奥村くんを隣で見たいのと。
「マジで!?いくっ!!」
すでに眼を輝かせて頷く奥村くんに、頬が緩んだ。
ガチャリ、と開くドアの向こうから、若先生が入ってきた。
「奥村君、志摩君、君たち課題やる気ないでしょう?」
いつも課題を一緒にやる、という口実で、旧寮に押し掛けている俺は、毎度の如く任務から帰ってきた若先生のネチネチとした説教を聞く羽目になる。
(ま、一緒に居れて、奥村くんの手料理食べれるんやさかい、こんなことくらいへのかっぱやけどな!)
にやにやとしている所を思いっきり見られ、冷たい視線が突き刺さる。
「ちなみに、明日は朝から出かける予定みたいですが、課題が終わってからにして下さいね。」
「げ、ぇえええ!むり!ぜっったいムリ!!ゆきお〜明日だけだから…な?」
鬼教師モードの若先生は本当に容赦がない。
何度デートを邪魔されたか…じゃなかった。こうなれば死ぬ気で今から課題を片付けるしかない。
「よし!奥村くん!今からやろう!ちゃっちゃとやってしまおう!」
「これ…ぜんぶ?」
机の上どころか、床に置かれたカバンの中から出されてもいない、しかし大量に詰まっている中身を想像しながら、奥村くんがカバンを指さす。
「う゛…が、がんばろうや…」
すでに心が折れそうだ。
俺は気合で出来るとしても、まず奥村くんに徹夜なんてことが出来るかが大問題だ。
はぁ。と小さくため息を吐いた若先生に、「志摩君、今日はもう寮へ戻りなさい。」と呆れ声で言われた。
ここで引いたら絶対明日のお祭りデートは白紙だ。いや、別に奥村くんと二人で過ごせるならどこでもいいけれど、それでもやっぱり年に一回の祭りなのだから、なんとしてでも行きたい。
「若せんせ、」
「替わりに。朝から課題を仕上げれば、夕方送ってあげます。」
ちゃり、と。
俺の言葉を遮るようにして、中級以上の祓魔師にしか渡されない、その鍵束を目の前に掲げられた。その中には、京都支所へ通ずる鍵もある。
「せ…せんせぇぇぇええ!!!アンタ悪魔やなかったんやなぁぁあ!!」
感動して思わず飛び付きかければ、ベシリと途中で払い落された。
「ゆきおぉ〜!兄ちゃん嬉しいぞ!俺頑張るから!」
「うん、本気で頑張ってね。終わらないと鍵は開けてあげないから。」
ニコリと完璧な笑顔で返す俺の恋人の弟くんは、本当にドSです。
+++
「お、わ、った、ぁぁぁああ!!」
「すっげぇぇ!まさか終わるなんてな!」
奥村くんは吃驚したように、自分の字で埋め尽くされたプリントの束をペラペラと捲っている。
「やれば出来るじゃない、兄さん。」
『弟』の顔に戻った彼は、ふわりと優しい眼をした。
「はい、これ。僕からのプレゼント。」
カサリと、紙袋が奥村くんに渡される。
「なんだ?…!!」
中から出てきたのは、淡くて綺麗な水色の浴衣。オレンジ色の糸で1筋だけ細い刺繍が施されていて、見ただけで奥村くんによく似合いそうだった。
「あれ?志摩の分は?」
(奥村くんのあほぉぉぉおお!!超絶ブラコンの若先生が俺なんぞの浴衣用意してはるわけないやろー!!)
おそらく、俺を打ち抜けば奥村くんが悲しむから、という理由だけで生かされている気がするというのに。
「…ごめんね、急だったから…志摩君に似合うのが無かったんだ。」
きっと若先生が探してくれるとしたら、俺を打ち抜いてもバレない血の色浴衣に違いない。
「や、俺は実家にあるさかい、ちょっと早目に行こか〜奥村くん?な?若先生、鍵たのんます!!」
早口でそう言い切って急かせば、先生はため息をひとつ吐いて、鈍く銀色に光る鍵を、部屋の扉へと差し込んだ。
「いくぜ!京都ー!!」
「わ、わーい!」
きゃっきゃと飛び出して行った奥村くんを追って、いそいそと扉をくぐろうとした瞬間、ガシリと腕を掴まれた。
「水色は性欲減退の色だそうですよ。」
「そ、そうなんですか〜へ〜知らんかったぁ〜」
ギリギリと半端ない握力で掴まれている腕が死にそうです。
「…21時に迎えに行きますね?」
花火の打ち上げが終わるのが20時半。
うん、完璧なタイムスケジュールですね。
そんなことを思いながら、引き攣った笑みのまま、やっとのことで扉を閉めた。
NEXT→