◎ Cobalt(3/5頁)
「ちょっと、話あるんだけど」
塾が始まる前、扉の前で待ち伏せして、ピンク頭を呼びとめた。
「えー、なになに〜?出雲ちゃんから話て珍しいやんかぁ〜もしかして俺、告白されるとか?」
ふざけてそう言うピンク頭に、心底イライラする。
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
ひらりとスカートを翻して一番端の空き教室へと入ると、追うようにしてピンク頭が教室に入ってきた。
「笹川夏姫。」
その名を言葉にすれば、少し眉根を上げて、ふ、と小さく哂った。
「…あぁ、もう噂回ってんねや」
「付き合ってるの…?」
「うん」
興味なさげに「で?」と聞いてくるピンク頭に腹が立つ。
「あんたっ…、あのバカのことが好きなんじゃないのっ!?」
「…は?」
激昂して思わず叫んだ言葉に、訝しげな顔で首を捻られた。
「…っ、一昨日の夕方っ…あんた、教室に…」
「あぁ〜、なぁんや。出雲ちゃん居ったん?」
へらりと笑って近づいてきた志摩の眼が、その笑顔に似つかない鋭さで、思わず後ずさる。
「ふ…、二股…じゃない!」
責めてやれば気まずそうな顔くらいするかと思ったのに。
目の前の男は心底不思議そうな顔をして「なんで?」と聞き返してきた。
「な、なんで、って…」
脳裏にフラッシュバックする、彼の朱い顔。
不敵に哂うコイツの前に膝をついた彼が、あの後ナニをしたかなんて、想像がつく。
それ以上見たくなくて、逃げるように去ったけれど。
「奥村くん、男の子やんか。」
返す言葉が見つからなかった。
幸せかと聞けば、彼は苦しそうにでも頷いたというのに。
悔しくてじわりと涙が浮かんだ。
「なん…っで、なんで!?あんたもあのバカのことが好きなんでしょ!じゃあっ…」
「え、なにそれ。おもろいことゆうなぁ出雲ちゃん。」
愕然とした。
へらりと笑うコイツに、体中の血が怒りで沸騰するのが分かる。
「男の子相手に、好きやとか付き合うとか、…その方が可笑しいやんか。」
酷く似合わない倫理的な正論を吐かれ、ぎりぎり留まっていた涙が遂に決壊した。
「…あいつの性格分かってるでしょ…!?」
――こんなに、自分は報われないというのに。
「かいらしいとは思っとるで?真っ赤になって、『すき』やて。フェラはへたくそやけどセックスは気持ちえぇし、あと…」
ぎりぎりと握りしめた手が痛い。
制御できなくなった怒りに身をまかせ、その手を振りかぶると、振り下ろす前にパシッと手首を掴まれた。
「…あぁ、そうなんや。」
「離し、なさいよ…っ!」
「出雲ちゃんて、奥村くんのことが好きなんや。」
にやにやと哂う目の前の男に、どうして天罰が下らないんだろう。
反対側の振りあげた腕も同じように捉えられて、黒板に押さえつけられる。
「でも、奥村くんは、俺のことが好きやねんて。」
「―――っ」
次から次へと涙が零れ落ちる。
一番見られたくない奴に見られながら。
「あぁ、出雲ちゃんのその顔、そそるわぁ」
怒りを越えて、哀しみだけが体中を駆け巡って、そこに残ったのは絶望だった。
力が抜けて行く。
ゆっくりと腕を下げられ、掴まれていた手首を放されれば、手首には強い力で戒められた指の痕が残っていた。
「あ、もうじき授業始まってまうやんか〜」
そう言って何事もなかったかのように去っていく、憎い男の背中を見送って。
その場にずるずるとしゃがみ込むと、誰かを抱きしめるように、自分を守るように、自分の膝をキツく抱え込んだ。
「なんで…、アイツなのよ…っ」
子供のように無邪気な残酷さだった。
止まらない涙は次々に溢れて制服に染み込んでいく。
せめて、あの優秀な弟だとか、真っ直ぐ愛してくれそうな勝呂だとか、そう、杜山しえみでもよかった。
アイツに比べたら、誰だって彼を幸せにしてくれそうだから。
願わくば、その相手が自分であればと。
そう願ったけれど、また彼の哀しそうな、けれど真っ直ぐな瞳を思い出して。
きっと彼はあの男を見続けるんだろうと思った。
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