◎ Cobalt(2/5頁)
(男同士なんて、不毛だわ。)
不毛で、無意味で、間違ってる。
なんて。
何一つ伝えられない自分の心の声など、負け犬の遠吠えにしかすぎない。
気付けば、ぎりっと奥歯を噛みしめていて、嫌な音が咥内に響いた。
昨日の夜から始まった生理痛は、ズクンズクンと重い痛みを与えてきて、余計に苛立ちが増す。
「…朴、次の体育、出ないから。先生に言っといて。」
「うん、わかった。出雲ちゃん大丈夫?保健室まで付いていくよ。」
「いい。早く更衣室行かないと遅れるわよ。」
朴は聡い。
この少しの会話の往復で、私が生理痛で動きたくないだけじゃないことを、悟っている。
独りで居たくない時には一緒に居てくれて、一人にして欲しい時にはそっとしておいてくれる。
静かになった教室で、独り、チャイムの音を聞いていた。
(…いたい…、)
いつもよりも酷い痛みに、保健室に痛み止めを貰いに行こうと、教室を出た。
授業が始まったばかりの廊下は、微かにそれぞれの教室から漏れてくる教師の声しか音がない。
誰も見ていなければ、去勢を張ることもできない。弱い、自分。
考えることに、考えても答えが出ないことに、苛立つことに。
疲れてしまった。
ずるずると階段の手すりを掴んだまま、しゃがみ込む。
どこもかしこも痛い気がする。
「出雲…?っおい、大丈夫か!?しんどいのか?」
タタ、と走り寄ってくるその足音でもう分かってしまう。
一番去勢を張っていたい相手だった。
「煩いわね、ただの貧血よ。あんたこそ授業はどうしたのよ。」
平静を装って痛みに歯を食いしばりながらも、すくっと立って見せて、歩き出す。
「っきゃ…!」
「お前なぁっ、しんどい時は頼れ!」
ふわりと横抱きに抱えあげられて、びっくりして喉から小さな高い声が漏れた。
すぐ近くにコバルトブルーの瞳が、心配そうに揺らいでいた。
「ちょ…っ!降ろしなさいよっ!」
「いいから静かにしてろって。誰も見てねぇから。」
そう言って、気遣うように静かに階段を降りていく彼は、不安定さなどかけらもなく自分を運んでいく。
男の子の腕だ。男の子の表情だ。
温かさに、まるで痛みが消えていくように体が楽になる。
「あれ?やべぇ、先生居ないみてぇ」
保健室の扉に掛ってある、『出張中・体調の悪い人は職員室へ』のプレートを見て、彼はそう呟いた。
手を伸ばして扉をスライドさせれば、鍵はかかっていないようで、すっと開いた。
「少し寝てれば治るわ。もういいから降ろしてよ!」
「ほんとに大丈夫か?」
ゆっくりとベッドに降ろされて、今さら羞恥で顔に熱が集まってくる。
ばさりと布団に潜り込むと、布団の端を握っていた手を、上から優しく包まれた。
「な…っ、何やってんのよ、っ」
「雪男がちっちぇー時 熱出したらさ、こうやって手繋いでやったらよく落ち着いたから。」
彼にとってはこの手を繋ぐ行為も、自分相手では意味をなさないことだと分かってる。
それでもその温もりが離れるのが惜しくて、ゆるりとその手を握り返した。
+++
繋いだ手が熱い。
自分より少し大きい手。細くて長い指。短く切りそろえられた爪。
綺麗だけど、男の子の手だ。
「…ねぇ、アンタ、す…好きな人とか居るの?」
「おぁ!?な、なんだよ、いきなり…っ」
かあぁ、と赤面する彼に、ズキりと心臓のあたりが痛む。
「…しあわせ、なの?」
「…うん、」
くしゃりと哀しそうに はにかみながら視線を反らした彼を見つめる、その自分の視線が違う温度なことに、きっと彼は気付かない。
また脳裏に夕焼けがフラッシュバックする。
あたしなら浮気なんてしないのに。
こんな哀しそうにほほ笑ませることなんてしないのに。
あんたの子供を産む体だって持ってるのに。
アイツなんかより、ずっと―――
それでも言葉にできず、ただ少しだけ、握ったままの手に力を込めた。
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