宵闇の檻 (3/3頁)



「兄さん、僕を選んで。」


(…は。なんや、それ。
若先生、あんた、必死やんか。)

余裕の笑みを浮かべて、奥村くんを翻弄するようなセックスをして。

なのに、その声音は縋るような音をしていた。


「奥村くん、俺のこと選んでぇな。ほんなら、助けたるから…」

出来るだけ優しい声でそう言うと、奥村くんの視線が、俺の姿を探すように暗闇の中を彷徨った。


「志摩は…ともだち、だ…っ」

「そんなん奥村くんと先生は兄弟やんか。」

「…っそれ、は…、」

躊躇って奥村くんは助けを求めるように先生の方を見た。


「今は友達だとか、兄弟だとか、そんなことどうでもいいんだ…。兄さんが僕を選ぶか、志摩君を選ぶか。…どうする?」


せこい聞き方だ。――そう思ったけれど、奥村くんの目を見たら何も言えなくなってしまった。


だって、酷いことをされても、奥村くんが見上げるその視線も、熱を孕んでいる。


好きなのだ。弟を。血の繋がった弟を。

助けなど求めていなかったのだ。


それを肯定するように、奥村くんが小さく「ゆきお、」とその名を紡いだ。


「ゆき…っ、ゆきお、っぁ、あ…あ…ぁ、」

女の体のようには濡れないはずのソコに、ずぷずぷと張り詰めたものが埋まっていくのを見る。

少し苦しそうに眉根を寄せながら、口から洩れる声は恍惚としている。

(どんな、感じなんやろ…)

僅かに吐息を漏らすだけの先生の表情も恍惚としていて、自分を重ねて二人を見れば、ぞくぞくと腰に甘い痺れが走った。

「あ…っあぁ、ぁ、っンぁ」

奥村くんの蕩けたような声が部屋中に響いて、「兄さん」と呼ぶその先生の声が甘くて最悪だと思った。

もっと最悪だったのは、俺が見てきた奥村くんからは、想像もつかなかった表情、声、そしてその痴態に――奥村くんの全てに、欲情していた自分だった。

張り詰めた自身が苦しかったけど、ここで自身を慰めれば俺はきっとその後に訪れるだろう屈辱に耐えられないと思って拳を握りしめる。

「あぁ、う、あ、あ、ぁあっ」

シーツを握りしめていた手を離して、奥村くんが先生の首にしがみ付くように手を回した。

「ゆきっ、あ、ぁう、」

「一緒に、っ、にいさん、」「あぁっ、ああア――!!」

先生が息を詰めるのと同時、奥村くんの体がびくびくと陸に打ち上げられた魚のように跳ねた。



はぁ、はぁ、と二人分の荒い息だけが聞こえる室内で、しばらくして、先生の首に回されていた奥村くんの腕がぱたりとシーツに落ちた。


「…兄さんは僕を選んだ」

呼吸を整えると、奥村くんの額に恭しくキスをした先生は、まるで独り言のようにこちらを見もせずにそう言った。


「…あんな選ばせ方、卑怯ちゃいます?」

あくまでも殊勝にそう言ってみれば、ふ、と自嘲のような笑みを浮かべて、「それでも、だ」と。どこか悲しそうに先生は呟いた。


月明かりに照らされた奥村くんは、力なくその身を布団に沈めていて、それがとても、純粋に、綺麗だと思った。


「…めんどいんは御免やし…帰りますわ、」


熱の籠る体を叱咤して動かすと、扉に寮への鍵を差し込む。

先生は何も言わなかった。ただ、ずっと、扉を閉めるまで冷たい視線が背中に刺さっていた。


(かなわんわ、)

選ばれなくてもいいと思ったのは初めてだ。

それで奥村くんが幸せなら、いいと。

そんな少女じみた考えに自嘲する。

(ほんまに、欲しかってんけどなぁ…)







「コォルァ!志摩!どこ行っとったんじゃ!」

「志摩さん、先晩ご飯食べてまいましたよ?」


「…うん、…俺はしばらくこっちでえぇかなぁ」


「…はぁ?」

「どうしはったんですか、志摩さん」


家族愛とも呼べるその空気に戻って。


「なんでもあらしまへん、」




梛月様、リクエストありがとうございました!
長編の方、志摩が絡むのは『カルバリの丘』まででしたので短編にさせていただきました!
雰囲気を近くしてみたら、あまり見せつけぷれいにならなくて…;あの長編の雪男は独占欲が強すぎて(苦笑)
そしてなんだか志摩目線が多くてすみません…!!
梛月さん、これからも『クリアスカイ』を宜しくです(*^_^*)



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