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「手伝ってもらっちゃってごめんな」


段ボールを抱えたスガくんが、階段を上がりながらわたしを見下ろした。大きな段ボールの中には教室内のありとあらゆるものが詰まっているらしい。わたしも両手にクラス全員分のノートを抱えている。今は二人で並んで、スガくんの本拠地である数学科準備室へ向かっているところ。今日は明日行われる懇親会へ向けて、全校一斉の大掃除だ。


「いーえー。スガくんのためならお安いご用ですよ!」

「はは、ありがと」


大掃除にあたって教室中の落とし物やら掲示物やらは邪魔になるのでいったん外に出さなければ、ということになって、我らが担任であるスガくんがじゃあいったん数学科準備室におくべー、と言って。(スガくんがいうには、数学科準備室はスガくんの城なんだそうだ)
でも今日集めた数学のノートもあって、一度に運びきれる量ではない。まぁ二往復するかぁ、と溜め息を吐いたスガくんの前に颯爽と「お手伝いします!」と立ち上がったのが私だ。

スガくんのお手伝いをする機会をいついかなる時でも狙ってきた私だからこそできる芸当である。なんとなく誇らしい気持ちで、ノートを抱え直す。


「調子はどうよ」

「調子?」

「もうすぐじゃん、テスト」

「…やなこと言うー」

「こう見えて実は先生なので」


隣で軽やかに笑ってみせるスガくんに、こっそりバーカ、と呟いてみる。バーカ。知ってるよ、それくらい。スガくんの白いシャツは、いつも眩しい。わたしはいつもこっそりとその背中を見つめては、目をそらす。いつだってスガくんは先生で、わたしは生徒だ。


「スガくんのおかげで古文は平均越えられるかもしんない!」

「古文じゃなくてさ、いや、古文も頑張ってほしいけど。俺、実は数学教師なんだよね」

「だって数学はいつも通りだもーん」

「知ってるけどさ」

「え?」


数学、いつも頑張ってるもんな。

聴き心地のいいその柔らかな声が鼓膜を揺らす。暑いね、と大きな段ボールを抱えたままのスガくんが言う。その首筋に、汗が、ぽたり。言いたいことならなくはない、今日は気温が30度越えるらしいよとか、そういうこと。でも一つも言えなくて。声になんか、なってくれなかった。
だから。だから、ずるいんだって。スガくんは、いつも。

スガくんの科目だから頑張ってるんだってこと、この人は知ってるんだろうか。
スガくんだからなんだよって言ってしまいたくて、だけどやっぱり言えなかった。それを言ったら何となく、スガくんが困ってしまうような気がしたから。



黙ったまま数学科準備室にたどりついた。中に入って、スガくんの指示通りにノートを置く。この数学科準備室は、ほとんどスガくんの一人部屋だ。エアコンが壊れているので、多くの先生たちは寄り付かなくなったのだという。そんなところに好んで出入りするスガくんは、ちょっと変わった人なのかもしれない。

俺はここでちょっと整理とかするから先に戻って掃除しといて、とスガくんが言うのではーい、とだけ返事をしてくるりと入ってきたばかりのドアへ向かう。

「あ、ちょっと待って」

「?」

部屋を出る直前で声をかけられて、ふしぎに思いながら振り返る。「手伝ってくれたから」とか何とか言いながら、スガくんがポケットをごそごそさせている。

手出して、と言われるままに右手を差し出した。スガくんの左手がぽとり、とわたしのてのひらに何かを落とす。


「ごほうび」


てのひらの上にのっかったのは、ころり、小さな飴だった。思わず顔を上げると、スガくんが、綺麗にわらう。



みんなには、内緒な。



唇に添えられた人差し指。内緒な。その5文字に特別な響きなんて一切ないのに、解ってるのに。

何だか泣き出したいような気持ちで、無理やりありがとうございます、とだけ絞り出した。顔を見られたくないから、頭は上げなかった。そのまま準備室を飛び出して、駆け足で教室へ戻る。誰かの廊下は走るなー、って怒る声が聞こえたけど、それどころじゃなくて構わず走り続けた。もう、泣きたかった。


ずるい、ずるい、ずるい、スガくんはずるい、


また、すきがひとつ増えてしまった。



∵ 夕方のあおさにやられた


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