視界の外れにその淡い色を捉えた瞬間、心臓は跳ね上がるものだから、どうしたって乙女だなぁと思い知る。廊下を駆ける足は軽やかで、恋する気持ちを「空も飛べる」と形容したあの歌はやっぱり正しいのだと思う。
「スガくーん!」
「こーら。菅原先生、だろ」
「あのねあのね、見てこれ!さっき返ってきた古文の小テスト!」
「お、満点じゃん。すごいすごい」
「これもスガくんのおかげです!ありがとう!」
「うん、俺は数学教師だけどな」
でもまぁ。よく頑張りました、とぽんぽんと優しくわたしの頭を撫でる大きな手。ずるいなぁ、と思う。その行為がどれだけわたしを舞い上がらせるのか、スガくんは知らないんでしょう。ずるいひとだなぁ。
スガくんは若くて格好よくて可愛くて優しくて、生徒から大人気な数学の先生だ。そしてわたしのクラスの担任。
こないだ古文の中間考査でひどい点数を取ってしまい、宿題として出されたプリントを片手に教室に一人残ってうんうん唸っていたところ、見回りにやってきたスガくんと会った。もう下校時刻だよー、と窓の鍵を閉めながら言うスガくんに、ごめんなさいもう少しだけ!このプリント終わらないと帰れなくて!と泣きつくと、どこがわからないの?とその柔らかな声で言いながらわたしの隣の席に座った。
数学教師だというのに、わたしがわからない古文の問題をひとつひとつ丁寧に教えてくれる、そんな、優しいひと。それがスガくんという人間だ。
「ねースガくん、お礼に何かしてあげよっか」
「え?」
「わざわざスガくんに時間とらせちゃったし、そのおかげで古文の成績上がったし」
「そんなん別に気にすることじゃないだろー。だいたいお礼って、たとえば何してくれんの」
「え?うーん、あっ、可愛いわたしとデートとか!…あははっ、なーんて」
「ハイハイ、じゃあそれは卒業してからな」
ほらもうすぐ授業始まるぞ早く行けー、とスガくんにぽんと背中を押されて、時計を見ればもうあと30秒で鐘が鳴るとこで、わたしは急いでスガくんと別れて次の始まる教室で走った。ギリギリで間に合って安心した。けど。今になってさっきのスガくんの発言に顔が赤くなっていくのを感じる。だって、だって。卒業してからなって。何それ卒業したらデートしてくれんの。何それ。ほんとに?
どうしても高鳴る心臓。それをカッターシャツの上からぎゅうぎゅうと握りしめた。ばかばか。ずるい。先生のくせに。わたしのことは生徒な、くせに。わかってるのに。もう頭の中スガくんでいっぱいだ、どうしてくれる。
一年後に控えた卒業が楽しみだなんて、学生にあるまじき発想だと思う、だけど。卒業式の日には今日のこと覚えてますかって聞いて、デートしてくださいって言って、それから、それから。すきですって。だいすきですって言ってやろう。待ってろよ、スガくん!
∵ はじける世界を数えてました
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