いちまん | ナノ

自分とは根本的にちがう種類の人間であることを知っていて、たぶん、だからこんなにもどうしようもなく焦がれている。

まるでお日さまのようだ、と思う。やさしい色の温度。誰にでも優しくて、誰にでも平等に微笑みかける。よく晴れた日曜日みたいだ、と、思う。多分言うと笑われるから、一度だって本人に言ったことはないけれど。

「影山くんは、意外とロマンチストだ」

くすぐるような柔らかい声が、いつだったかそう告げたことがある。その時もやっぱり何故か笑っていて、俺はすごく居心地が悪かった。どうやら自分は人に威圧感を与える容姿であり(そんなつもりは全くないのだが)、余計な一言とやらも言ってしまうらしい(全く思い当たらないのだが)、ということを高校に入ってから初めて知った。知ったというか、教えてもらった。そのことを今まで知らずにいたのは、少なからずこいつの影響もあると思う。

だっていつだって受け入れていた。俺が何を言ってもただ笑っていた。俺のすべてを許し、受け入れて、肯定する。そういう存在がいつだって隣にあったのだ、そりゃあ少しは勘違いもする。

自分がどうやら人に良い影響を与えるような人間ではないらしい、と知ったとき、それじゃあ何であいつは俺にも笑いかけてくれるのかと考えて、それは彼女が馬鹿みたいに優しいからだと悟った。あいつの優しさはいつだって平等で、公平で、こんな俺にだって等しく注がれるのだ。

「あっ日向くん、このパン食べたかったりしないかな」
「えっ!食べたいけど…何で!?くれるの!?」
「うん、買いすぎちゃって、もらってくれると嬉しいんだけど」
「わー!ありがとみょうじさん!」

いらいらする。
それはもう、ずっとだ。彼女の公平な優しさは日向にも注がれる。日向だけではない、山口にも、あの性格の悪いボケ月島にも、その他大勢の誰にでも。それを見る度にいらいらしては、だけれどそんな彼女だからこそ自分にも優しいのだということに思い当たって、いつもまぶたを閉じる。

「みょうじさんメロンパン好きなの?」
「好き。日向くんは?何パンが好き?」
「おれはー…おれもメロンパンかな、あっでも焼きそばパン…うーん」

耳から入ってくる会話は不快でしかない、なのについ意識を集中させてしまう。そもそも何で日向がうちのクラスの前にいるんだお前は隣のクラスだろうが。いらいらする頭はもはや八つ当たりに近い、解ってる、たまたま通りかかった日向をアイツが呼び止めたに違いない。そういう奴だ。いらいらする。何で俺の席は廊下側なんだ、何で聞きたくもないこいつらの会話を聞かなければならない。

もうやめよう、放っておこう。自主練でもしに行くか。確か今日は体育館はどこも使っていなかったはずだ、今からでも昼休みはまだ十分に残っている。頭の中で計算してから立ち上がったはずだった。

「……オイ」
「…!?影山!?」

なのに何でだ、何で俺は。
廊下に出たらまだ日向とみょうじが楽しそうに談笑していて、気付いたら俺は二人の間に割り込むようにして立って声をかけていた。日向がハッとなぜか警戒するようなポーズをとる。別に何もしねぇよ。阿呆か。

「みょうじ、担任が呼んでた」
「えっわたし?何だろ、どこで?」
「…あっち。行くぞ」
「えっわっ、ちょっ、ごめん日向くんじゃあまたね!」
「あっうん、パンありがとう!」

みょうじの腕を掴んで歩き出す。何でだ、ともう一度思う。俺はこれから部室に一回寄ってから体育館に行って、そんで朝できなかったサーブの練習して、今度こそペットボトルに当ててやって、それから、それから。なのに。何でだ、どうして俺はこいつの腕を、離せない、?

角を曲がってぶんぶんと手を振る日向の姿が見えなくなってから、みょうじが影山くん、と俺の名前を呼んだ。立ち止まる。

「なんだよ」
「先生が呼んでたなんて嘘でしょう」
「…何で解った」
「影山くんは嘘が下手だよね」

何でもお見通しみたいなその目で微笑むから、くやしいと思う。スマン、と一言だけ呟くと驚いたように目を丸くした。「影山くんが素直に謝るなんて」。うるせぇよ。

日向くんにも謝っておいてね、と彼女が続ける。せっかくお話してたのにあんな急に悪いから、ああそうだなお前は本当に優しいな誰にでも、解ってんだ、でも。

「…うるせぇよ」
「え」
「アイツの話、すんな」

みょうじの話を遮って言ってやればきょとん、と一回、二回、ぱちぱちとその長い睫毛を惜しげもなく瞬かせる。
こっちをまじまじと見つめてくる視線に居心地が悪い。意外そうな顔のままで、みょうじが口を開く。

「影山くん」
「…何だよ」
「もしかしてやきもち?」

こてんと首を傾げて聞いてくる彼女はそれを心から疑問に思っているようだった。さっきまでのような俺を見透かす瞳ではない。ただただ素直に自分の感じた疑問を確かめようとしているだけなんだろう。ああほんとに質の悪い、

「………わるいのか」

手で顔を隠しながらぼそり呟くように言うと、それを聞いたみょうじはなぜかゆっくり笑った。まるで太陽だと、やっぱり思った。うれしいよ、と頭を撫でていくようなやさしい声が告げる。ちらりと視線を走らせれば不意に目が合った。ぜんぶを溶かしてしまうみたいな表情が俺を見ていた。

「影山くん、顔真っ赤だよ」

誰のせいだよ、言えなかった言葉の代わりにただにらんでやる。全然怖くないなぁと、みょうじはやっぱり笑う。ねぇ、影山くん、すきだよ。惜しげもなくそんな言葉を俺に紡ぐ、いつだって笑いかける、何度だって、俺を許す。ゆるす。ばかだな。敵う気がしねェよ。ばかだな。俺の方がすきだよ、馬鹿。



imaged by 水野さん
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