お母さんと喧嘩をした。久しぶりにした大喧嘩で、久しぶりに家を飛び出して、そのまま帰りたくないと思った。 久しぶりの家出だと気合いを入れてお菓子をたくさん買い込んで、近所の公園のトンネルみたいな遊具(わたしたちは昔からトンネル、と呼んでいたけれど、あれの正式名称は何ていうんだろう。謎だ)を乗っ取って篭城を決めた。夕暮れ過ぎの公園にはだぁれもいない。貸し切りだ。 小学校に入学する前から、ここはずっとわたしのテリトリーである。3年生のとき、ここを陣取ってボール遊びをし、他の子たちを追いやった6年に飛び掛かって追い出したときは近所の子どもたちから拍手喝采を受けたものだ。公園とはみんなで仲良く遊ぶところで、独占してもいいところではない。「ここに独占禁止法を制定することを宣言する」何とも頭の悪い演説に子どもたちは沸きに沸いて、わたしは一躍ヒーローだった。それ以来わたしは自他ともに認めるこの公園の長となった訳だけれども、あの頃の子どもたちはどんどん公園を卒業していき、あんなに無敵だったわが公園国家は現在急激に過疎化が進んでいる。 携帯電話が何度も光っては着信を知らせているけれども(言っておかなければならないが、わたしの携帯はいわゆるスマートなフォンではない。一口に「携帯」と言えどこの違いは黒電話と普通の固定電話くらいの開きがあると思うので、ここに記しておく。わたしはわたしの携帯に誇りを持っている)、わたしは一度も取らなかった。ストライキである。着信画面は見なくてもわかる。もう辺りはほとんど暗い。お母さんからの電話である。けれど残念ながら現在わたしは篭城中なので、電話を取る訳にはいきません。 たくさんお菓子を買い込んだというのに、何だかあまりお腹は空いていなくて、困ってしまう。消費しきれないかもしれない。わたしは空がオレンジからだんだん薄い藍色に染まっていく様子を小さな出口からそっと見上げながら、何だかきゅうっという気持ちになった。かくれんぼ、してるみたいだ。 幼い頃のかくれんぼで、わたしはいつもここに隠れては真っ先に見つかって、「なまえはいつもここに隠れる」と孝支に笑われていた。孝支はわたしの幼なじみだ。わたしがこの公園の長に就任したときも、ブランコで一回転してやろうとたくらんであえなく失敗し、ひじとひざを擦りむいたときも、いつも隣にいたのが、孝支だ。わたしは懲りずにここに隠れた。孝支も懲りずに、わたしを見つけた。 「やっぱり、いた」 ぱっ、と出口から差し込んでいた陽が一瞬消えて、見上げたら孝支が立っていた。あの頃の彼とは姿は違っているのに、かくれんぼでわたしを見つけていた孝支と、ぴたり、重なって見えた。あの頃も、そうだ、いつも「やっぱり」と言って笑っていた。 お邪魔するよと、わたしの城に乗り込んできた孝支のためにスペースを空ける。いつのまにかここも小さくなったものだ。二人で入ると、とても狭いね。 「おばさんが心配して電話かけてきたよ。また喧嘩したの」 「またじゃないもん、久しぶりだもん」 「はいはい」 そして孝支は「こんなにお菓子、どうすんの」とまた笑った。何だか孝支はいつも笑っている。わたしはずっと、この笑顔に許されて、ゆるされて、ここまで来てしまった。 隠れているわたしを迎えにくるのは、いつも孝支だ。昔からずぅっと、そうなのだ。 「何でここ、わかったの」 「だって昔からなまえは絶対ここに隠れてたでしょ」 わかってるよと、そう言ってやっぱり笑う孝支。あのね、ほんとはね。 いつもいつも、見つけてもらえるようにここに隠れてるんだよ。昔からずっとそうなんだよ。わたし、君に見つけてもらいたくてずっと、待ってるんだよ。 なんてこと、君は知らないままでいい。 「ほら、帰るよ」 「……うん」 そうして差し出された手に掴まった。孝支のあったかい手を握ったら、何でお母さんと喧嘩していたのかとか、そんなことはもう全部忘れてしまって、だけど何だかしあわせだった。 神様だけは知ってた BGM: かくれんぼ/whiteberry ×
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