ハローミスターマイハニー | ナノ
スガくんは意外と寝起きが悪い。


「スガくーん、起ーきーてー」


一時間前、帰ってくるなり「一時間仮眠とらせて」とだけ言い残してばたんとベッドに倒れ込んでしまったわたしの恋人。疲れているんだろうなぁと思うし、出来ることならこのままずっと寝かせてあげたい。

だけどごめんね、まだやらなきゃいけないことあるから一時間で起きなきゃと言っていた一時間前のスガくんの意志を尊重してわたしは鬼になります。ごめん。ゆっさゆっさとベッドに横になっているスガくんの肩を掴んで揺さぶる。あまり揺れない。こんなに細いのにその体は固くて、重い。


「スガくーん、一時間経ちましたよー」


そう言ってやると、うー、とか、んー、とかそういう声を漏らしながらわたしから逃げるようにぐりぐりと頭を毛布の中にもぐりこませていく。だめです!とそれだけ言いながら毛布を剥ぎ取ってやった。だけどそうしたらスガくんが寒そうにぶるりと震えるから、可哀想になって剥ぎ取ったばかりの毛布をかける。スガくん、早く起きてください。わたしは心が痛いです。


「スガくん、起きなきゃ困るんでしょう」

「んー…」

「コーヒー淹れたよ」

「ん、」

「スガくん」

「………」


あっ返事しなくなった。完全に二度寝の体勢になっている。困った人だ。でもそれが、ほんとのこと言うとちょっと嬉しい。スガくんはいつでも人に気を遣ってくれるひとで、普段わがままというわがままを言わない。そんな彼が寝ぼけているときだけは少し子どもみたいになるから、そんな瞬間がとても愛しいのだ。もっと甘えてほしいなぁと思う。仕方ないなぁ、と呟くわたしの顔は多分ひとに見せられないくらいにやけた表情だと思うので、説得力も何もない。

だけれどとりあえず今は、彼を起こすことがわたしの使命である。


「スガくーん」

「………」

「おーい、スガくんってばー」

「………」

「スガさん!スガー!菅原ー」

「………」


すぅすぅと心地よさそうに寝息を立てる彼の横顔。綺麗だなぁ、と思う。覗き込んでいると、吸い込まれてしまいそうだ。さらりと揺れる髪の毛は色素が薄くて、でも品があって綺麗な色だと思う。触れてみたい。愛しい。時間が止まってしまったみたいだ、ねぇ、


「……孝支くん」

「…なぁに?」

「え、」


その瞬間、ぐいっと体を引かれて飛び込んだのはスガくんの腕の中だった。呼んだ?と耳元で寝起きの少し掠れた声が響く。がっちりスガくんの腕に閉じ込められていて身動きを取ろうとしても動けない。


「た、狸寝入り…!」

「いや、違うけどさ、可愛いこと言ってんのが聞こえたから起きた」


ふふ、と笑う気配が耳をくすぐっていく。わたしは恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が熱い。だって。寝ていたじゃないか。わたしはスガくんは寝てると思ったからああいうことを言えたのであって、


「す、スガくんの、ばか…!」

「あれ?もう名前で呼んでくれないの?」

「呼ばない!ていうかスガくん起きたんなら起きないと、時間ないんでしょ」

「なーんだ」


残念、とすっとわたしの体を解放してスガくんは体を起こす。わたしは一足先にベッドから降りた。そうだコーヒー淹れたよ、と振り向いて、そしたら。


「…スガくん、顔赤い」

「……仕方ないべ、嬉しかったんだもん」


顔を赤くしたスガくんがうつむきながらベッドから降りる。あれ。さっきまではあんなに、余裕そうだったのに。なんだ。なぁんだ。おそろいじゃないか。唇を尖らせる姿は、まるで子どもみたいだ。


「起きてるとき言ってくんないのにこんなときだけ呼ぶとか、ほんと心臓に悪いから勘弁して」

「…孝支くん?」

「……だからさ、」


試しにもう一度呼び慣れない名前を紡ぐと、スガくんが真っ赤にしたまんまの顔を隠すようにしゃがみこんでしまった。わたしもスガくんの顔を覗き込むようにその正面にしゃがむ。スガくんは腕の間に顔を埋めてしまったので、髪の毛しか見えない。もともと少し癖のついた髪には寝癖がついていて、愛しいと思ったからいつもされてるみたいにその頭をぽんぽんと撫でてみた。

でもさ、だめだよ。孝支くん、なんてさ、顔から火が出てしまいそうだから。だって自分で言った名前でさえ愛しくて愛しくて、しんでしまうよ。ごめんね。もうしばらくは、スガくんのままでね。

無言のまま頭を撫で続けていたらやがてそれを止めるようにスガくんがわたしの手首を掴んで、ちらりと覗かせた目だけで睨んできた。その顔は赤いままだから、何にも怖くなんかないけど。


「スガくんは意外とすぐ照れるよね」

「おまえのせいだよ」


不機嫌そうな瞳が舐めるようにわたしを見つめる。拗ねてるみたいな表情が可笑しくて笑ったら、伸びてきた腕がわたしを引き寄せてそのまま強引に触れるだけのキスをされた。離れたあとの至近距離でスガくんがいたずらっ子のようににやりと笑う。


「そっちこそ、顔真っ赤だよ」

「……大人げない」

「何とでも」


立ち上がって、起こしてくれてありがとう、とスガくんがわたしに手を伸ばした。くそぅ。結局いつも、彼の方が一枚上手なのだ。そしてわたしもそれが、まんざらでもないのだ。スガくんの手を借りて、立ち上がる。目と目が合うと、スガくんが嬉しそうに笑った。やっぱり可愛いなぁ、くそぅ。




砂糖菓子に口づけ



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