ハローミスターマイハニー | ナノ
出かける用事があった日曜日。電車に乗って目的の駅に着いたところで忘れ物に気が付いた。それがないと今日はもうどうにもならない。面倒だけど取りに帰るしかないか、と今来たばかりの道をまた戻るために、電車に乗る。
なまえは今日家にいるって言ってたっけ。出てきたときはいた。だけど化粧をする様子もなかったから多分今日はずっと家にいるんだろう。女の子ってどうしてわざわざ化粧なんかするんだろう。なまえはあまり濃い化粧をする方ではないけど(上手にできなくてがっつり化粧をするとケバくなってしまうのだと嘆いていた)、それでもやっぱり不思議に思う。そのままでも十分可愛いのに。
前に何気なくそう言ってみたら「スガくんのそういうとこがすきだよ」と笑っていた。何の答えにもなっていない。だけれどその時からなまえは俺と二人だけのときは化粧をしなくなったから、素直で可愛いと思った。無防備な姿を俺には見せてくれることが嬉しかった。五つも年下のこの女の子に、俺はもうずっと夢中だ。我ながら恥ずかしいような気もするけれど。
電車を降りる。暖かい日差しの中を歩いてアパートに戻って、ドアを開けた。なまえのお気に入りの靴は、玄関にきちんと揃えてある。やっぱりいるんだ。
「ただいま」
声をかけてみたけど、いつもなら「おかえりなさい」とひょっこりリビングから顔を出すなまえが姿を見せない。買い物にでも行ったんだろうか、不思議に思いながら廊下をたどって部屋に戻る。
静かな音を立ててドアが開く。
「……あ」
いた。
一瞬洗いたての何かと見間違うような彼女は、洗濯物に混じってすやすやと寝息を立てていた。取り込んでそのまま寝ちゃったんだろう。
…可愛いなぁ、もう。真っ白なその固まりに思わず目を細める。
「こら、そんなとこで寝たら風邪引くよ」
なまえの隣にしゃがんで一応声をかけてみたけど彼女は微動だにしない。疲れてるのかもしれない。最近は課題だ何だとばたばたしていたから。せめて毛布でもかけてやろうと立ち上がった瞬間に、ふわり、香る、匂い。
太陽とせっけん。香水なんて知らないなまえはいつも、ひだまりの匂いだ。あたたかくてやさしい。
愛しいと、思う。いつもみたいにその髪の毛に触れて、頭を撫でてやりたかったけれどここまできたら起こすのも可哀相で、やめた。
「…なまえ、」
白が似合うなぁと、ただそう思う。幸福の固まり。寝息を立てる姿が可愛くて、どんな夢見てんのかなって少しだけ気にかかった。君の夢の中に、少しでも俺がいるといいなぁなんて、いい年してそんなこと考えてるくらいには、俺は君に夢中なんです。
春に抱かれてお眠り