ハローミスターマイハニー | ナノ
「ううう」

レポートが終わらない。もちろんわたしが悪い。惰眠を貪った昨日の自分を一発殴ってやりたいとおもう。悲しいくらい、ばかだ。提出期限は明日(あっでももう日付は変更してしまったから、今日、の間違いだ)の正午。

今夜は眠れないかもしれないなと、栄養ドリンクを一本飲み干して気合いを入れる。

「なまえ、まだ起きてるの」
「…先に寝ててください…」

お風呂から上がってきたスガくんがバスタオルで頭を拭きながらわたしに声をかけた。冷蔵庫から麦茶を取り出して、一杯飲んでいる。その姿が妙に所帯じみていて、わたしは少し安心するのだ。スガくんにそういう生活感を見出だせなかった時期もあるなぁと、思う。それが当たり前になった今が愛しい。

ぼんやり見つめていたらなまえも飲む?と笑いかけられたから、ふるふると首を振る。いけない、それどころではなかった。何はともあれ、まずはこのレポートをどうにか形にしなければ。

「その課題、いつまでなんだっけ」
「…今日の正午……」
「げ」
「終わるかなぁ、やっぱり無理かなぁ、教授に頼んで期限延ばしてもらおうかなぁ」

思わず弱音をこぼしたら、スガくんが優しく頭を撫でてくれた。

「終わるか終わらないかは別として、なまえは頑張りたいんでしょ」
「……うん」
「じゃあ俺は応援してる」

スガくんはいつだってわたしを甘やかす天才なのだ。だって、ねぇ、そんなことを言われてしまったら。頑張らない訳にはいかないじゃないか。
ぱん!と両手で軽く自分の頬を叩く。眠気を吹き飛ばす。やってやろうじゃないかと、パソコンに向き直ると何だか何でもできるような気さえした。



夢中になってキーボードを叩いたあとで、何だか喉が渇いたなと思う。ちらりと時計に目をやれば、いつのまにかあれから1時間程度経っていてびっくりした。終わりはまだ見えてこないけれど、このペースでいけばひょっとしたら間に合うかもしれない。

スガくんは少し前に明日早いからお先に、と寝室へ向かった。ごめんねと付け加えることを忘れないスガくんは本当に優しいひとだと思う。スガくんが謝ることなんて一つもないというのに。


コーヒーでも飲もうかな、と思って立ち上がり、マグカップを探す。スガくんとお揃いのそれは、二人で雑貨屋さんに買いにいったものだ。辺りを見回して、あれ、と思う。

わたし用の赤いマグカップ。テーブルの上に置いてあるそれの中にはすでにコーヒーが入っていたのだ。そんなことある訳ない。だってわたしが最後に使ったのは今朝だし、牛乳を飲んでいたのだし。

おかしいな、と思って見やると側にメモが置いてあった。



“あんまり無理はしないよーに。頑張れ!”



見慣れたスガくんの字。

手に取ったマグカップは、まだ少しだけ熱を帯びていて。スガくん。スガ、くん。どうしてこのひとはこんなにも優しいのだろうと思う。もっと早く気付けばよかったなぁ、せめてこのコーヒーが熱いうちに。スガくんの顔見たい。スガくん。

自分だって明日お仕事の癖に。お仕事大変な癖に。いつも人のことばっかりだ、スガくんは優しすぎるからわたしは少し不安だよ。


こくりと生温いコーヒーを飲み込んだ。優しい味がする。何だか涙が出そうになった。頑張ってやろう。何が何でも間に合わせてやるんだから。


「…おいしい」




シュガーポットと星屑と


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